2016年11月06日

ペルシャンブルー[Prussian blue]

先週のノアノアでOnAirしたナンバーの歌詞の一節に、「空はペルシャンブルー」(燃える秋/ハイ・ファイ・セット)という表現があって、ちょうどスッキリとした秋晴れの日でもあり、秋も深まって、紅や黄に色を変えた木々の葉をいっそう映えさせながら光にあふれる、見つめて見つめても見つめ尽しても青そのものである空の色を、生放送中に思い浮かべていました。



ペルシャンブルー[Prussian blue]・・その色の呼称には、僕がまだ訪れたことのない、この世界の何処かに確かに在る特定の場所だけで本物に出会える、そんな青を思わせる響きがあります。よく晴れてくれた木曜日、スタジオの窓から見える熱海の空も海も青そのものの色として目に映る・・・でも、この青い空も青い海も、今かけたばかりのこの曲の中に出てくるペルシャンブルーと、果たして同じものなのだろうか? そうでないとしたら、本物のペルシャンブルーって、どんな色なのだろう? と、生放送中だというのに僕は考え始めていました。

ペルシャンという、異国を思わせる呼称から思い起こされるのは、やはりその音の響きから、ペルシャという国というか文明というか、どことなく古代からつづくイスラムの香りが漂います。そういえばむかしの歌謡曲で高田みずえが歌っていた曲に「ペルシャン・ブルー」という歌があって、その歌詞には、「幾千年」とか「砂漠」といったイメージとともに「空はペルシャのブルー」という表現がありました。なるほどすると、ペルシャンブルーというのはやはり古代ペルシャ帝国の時代から今にまで残る、中東の何処かに由来する青色なんだ・・・と、自然な思索の流れとして思い込んでいました。

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2015年05月16日

BBキング

僕がBBキングのステージを生で体験したのはわずかに2回だけ。

1度目はU2がWhen Love Comes To Town≠ニいう曲でBBと共演し、その異色の組み合わせのライヴパフォーマンスがすごい迫力でかなり話題となっていた頃のことでした。当初はU2のみの来日公演の予定が、チケットを購入した後(たしかそうだった)になって、なんとBBキングも彼のバンドを引き連れて急遽来日、U2と一緒にジョイント公演が実現したのでした。CDでWhen Love Comes To Town≠何度もリフレインして聴いていた僕は、思いがけず体験することになった生U2&BBキングのジョイントライヴに大興奮だったことを憶えています。いま調べてみると、あれは1989年11月25日、東京ドームでのことでした。

そして2回目は、やはり同じ頃、たぶん同じ年かその翌年頃、レイ・チャールズが日本の企画でサザン・オールスターズのいとしのエリー≠歌い、まさに企画モノそのものといった感じで来日することになり、それがレイひとりではなく、BBとのジョイント公演として代々木体育館で開催された時のことで、いとしのエリーはともかく、ビッグバンドを従えてのふたりのライヴはまさに圧巻のライヴでした。

とにかく、あのドカンとしたガタイのBBが、愛用のギターをまるでポシェットのように腹の上に吊るし、あのぶっとい指をフレットの上で震わせながらメッチャメチャ繊細なビブラートを効かせたスクイーズギターを聴かせてくれた時、いやいやなんと僕の心が燃えたことか、懐かしいです。

そのBB・キングが亡くなった・・・さっきニュースで知りました。この夜中にこういうニュースに接すると、いっそう強く寂しさを感じます。

思い起こしに日記に残しておこう。シェアする映像は、これも何十回見ことだろう・・・1987年にアメリカでテレビ放送されたB.B. King & Friends; A Blues Session≠ニいうライヴパフォーマンスビデオの中の一場面。曲はBBの十八番The Thrill is gone=E・・共演するFriendsにはポール・バターフィールドやエリック・クラプトンやらフィル・コリンズやらの顔が。そういえばこのバージョン、BBのギター&ヴォーカルの迫力だけでなく、絶妙な感じでオブリガードを入れるECのギターと、身をよじるようにして吹きまくるポール・バターフィールドのハープにも痺れたものでした。

深夜にひとり、BBキングのご冥福をお祈りします。

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2013年10月01日

少年とウズラの卵

久しぶりに立ち寄った伊東市役所の1階ロビーで目に入ってきたのは、2列に並んだホワイトボードの壁とその裏表に沿ってやはり並べられた細長い会議テーブルの列でした。近づいてみると、ボードにはマジックインキで書かれた大小の文字が並んだ模造紙が貼られていて、テーブルの上には色も種類も大きさもまちまちな紙のファイル表紙を付けた手作りの冊子が幾冊も並べられています。「蟻はどんな食べ物がすきなのか」やら「伊豆の海岸の砂の違い」、中には「放射線と放射能」などの硬派なテーマも混じり合ったそれらのファイルは、伊東市内の小学校や中学校に通う子供たちが夏休みの間に行った「自由研究」の成果を、子供たち自身の手でまとめたものなので、もうすっかり秋らしくなってきたと感じていた僕の想いを、過ぎたばかりの今年の夏と、それを通り越してさらに過去へと飛んで、夏の盛りの中でどちらかというと宿題も何もかも貯め込みがちだった自分の少年の頃へと少しだけ引き戻してくれました。

感心しながら手に取ってみた一つ一つの研究ファイルは、じつにSense of wonder(センス・オブ・ワンダー = 美しさや不思議さに目を見張る感性)にあふれた興味深かったり楽しかったりのものばかりで、子供たちがふと目にしたモノや生き物や風景、また、テレビやラジオで見聞きにしたことの中にふと浮かんだ疑問や興味≠、子供たちなりに真っ直ぐに見つめ尽くして過ごした、夏休みの中のさらに純粋で中身の濃い数日間を感じさせるものでした。

数ページにまとめられたそれぞれの研究成果は、デジタルカメラで撮った経過写真なども添付され、例えば「酢に卵を漬けて溶かしてみる」などのように、自分の行った研究≠ェもたらした物事の変化していく様子やその経過を直に目撃したであろう子供たちのワクワク感が伝わってきます。興味をもち、疑問を感じ、それを放置せずに自分で答えを求め、やってみる・・・得られた解答に驚きを覚え、その興奮やワクワクを人に伝え語ることに楽しさ感じ、成果をまとめたノートを完成させることにより、成し遂げることの快感を経験する・・・結果だけではなく、その一連のプロセスすべてが、経験という形で後々にまで及ぶ好ましい影響を子供たちに残したのだろうなぁ〜などと感じつつ、僕は「ほぅ〜」とか「へぇ〜」とかつぶやきながら幾つものファイルを手にしては開いていくのでした。

そんな中で目にした研究をひとつ。「スーパーで売っているウズラの卵をあたためたらヒナがかえるのか?」・・・というテーマのファイル。小学3年生の男の子がお母さんとスーパーに買い物に行ってウズラの卵を見た時に興味を感じて始まった研究です。孵卵器に入れられ適温で温められるウズラの卵が数個、少年は毎日今か今かという思いを抱きながら卵の様子を写真に撮り、それを日毎の記録としてまとめているのですが、研究を終えてからまとめたものというよりも、日記のようにページに日毎に記していったものらしく、数日たっても一向に変化を見せないウズラの卵の列の写真を貼り付けたページに、「ヒナがかえると思っていた」・・・などと記されたページを目にすると、その時の落胆した少年の気持ちが素直に伝わってきます。

食用として販売されているニワトリの卵の多くは無精卵であるということは僕も知っているつもりでしたが、ウズラの卵はどうなのだろう?・・・正直、僕は答えを持っていませんでした。なのでこの小学3年生の子が始めた研究には僕も思わず興味を惹かれたのですが、「どんな小っちゃな変化だって見逃すもんか!」という意気込みで卵を見つめるノートの中の少年が日を追うごとに落胆していく様子に、僕も「あぁ、やっぱりヒナにはならないんだな」・・・と思っってしまったものです。でもやはり研究というのはやってみなけりゃ分からない!最後の最後の方のページで、「殻にヒビが入りはじめてます」・・・写真には確かによく見ないと分からない程度の微細なヒビが殻に入り、そのすぐ後には「ヒナがかえりました」・・・小さなウズラの卵の殻を破って、さらにさらに小さな身体をしたまだ真っ黒なウズラのヒナが半身を殻の外へと伸び出している写真が貼られているのに出くわしました。「ヒナがかえりました」と一言記した少年の興奮と、生まれてきたばかりのウズラのヒナに向けられた愛情とも言って善いほどに純粋な気持ちがひしと僕の胸にも伝わってくるのでした。

そうか!・・・ウズラの卵は生きているんだ!! 僕は今のこの歳になってはじめてそのことを正確に知ったのでした。そしてそれは小学3年の見知らぬ小さな少年が僕に教えてくれた真実です。少年はヒナがかえったばかりの卵の殻の内側を観察し、斑模様の外側とは異なって乳白色をした殻の内側に幾本もの稲妻のような赤い線が走っているのに気づき、その写真を添付しながら、「血管の跡が何本も見えます」・・・と、記しています。少し胸が熱くなりました。この瞬間におそらく少年は、「食べる」・・・という行為が、紛れもなく他の「生き物の命を取る」ことであり、「生きる」・・・ということは、他の多くの生命の犠牲の上に成り立っているのだということの本質を直観したに違いない・・・そう感じたのです。

その場で僕の中によみがえってきたのが直木賞を受賞した「邂逅の森」という熊谷達也の小説を数年前に読んだ時に覚えた抗いようのない立ち返りの感覚です。小説は熊を狩って「生きる(生き抜く)」マタギの男が主人公で、大正から昭和の初期にかけての、生きるには大変厳しかったであろう東北の地が舞台の物語でした。自然の中から必要なものだけ≠受け取るために命をかけてひとたび山に入れば、本当に必要なものだけを受け取るために知力を尽くして獲物と渡り合う・・・それは文字通り自分自身の手で動物の命をとることであり、手にかけたその生き物の死をまっすぐに見つめ受け止めることも意味します。熊一頭を仕留められれば家族が一冬を生きて越えられる・・・すべては与えられているものであり、何ひとつ無駄にしないという、人間の側の覚悟≠読みながら感じました。農耕民族は文化的で狩猟民族は野蛮といったステレオタイプな描かれ方をされることが多い映画やフィクションの世界で、僕はこの本の語りを通じて初めて狩猟によって生きた人々への敬意と、命を食して生きることを直視する姿勢から遥かに遠ざかり、命をいただく覚悟のないままに食生活を営む現代のありさまを痛烈に思い知らされたように記憶しています。

3年生の男の子が夏休みに行った自由研究が見せてくれたのは、「ほら、生きてるよこれ・・・」って、何のてらいも無く正直で純粋な気持ちのまま差し出された、少年に目にじっと見つめられた中で生まれた小さな命でした。こういったことにふれてみると、食事の際に口にされる「いただきます」も「ごちそうさまでした」も、単なる言葉ではないのだと思いを新たにされます。ふとした興味から行われた小さな観察・・・スーパーで売っているウズラの卵は生きてるんだ・・・少年の文字で記された自由研究の記録、「食」というものが流通と経済の問題としか語られなくなって果たしてどのくらいの時が経つのだろう。生き死にの意味での「生命」の感覚から遠ざけられた社会に僕は今生きている・・・市役所の人も疎らな1階ロビーで目にしたものが、思いがけずとても貴重なものに感じられたのでした。

シェアした動画&曲は2007年のアメリカ映画 Into the Wild のサウンドトラックに収められているEddie VedderSocietyです。物質社会に背を向けてアラスカの荒野へと分け入り、切実なまでに命を実感しようとし、望んで生きたその荒野で若くして命を落とした青年クリストファー・マッカンドレスを描いた作品で、僕はこの映画の中で、自分がどんなに君が好きでありがたいと思っているのかと語りかけながら、クリスが真っ赤な林檎をかじるシーンが大好きでした。
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2013年09月20日

iPhoneをケースから解き放って

今や既に古いモデルになってしまったわけだけど、iPhone4sを愛用しています。背面のブラックピアノ仕上げに鏡面シルバーのAppleロゴがお気に入りだというのもその理由のひとつです。4sに機種変更したばかりの頃にはiPhone用のケースに入れて後生大事に扱ってきたのだけれど、何でこんなに美しい仕上げの本体に決して安くもないカヴァーをかけて見えなくしてしまうのか不思議に思っていたところ、ハリウッド映画の中に出てくる劇中のiPhoneユーザーの登場人物たちが誰一人として自分のiPhoneをケースに入れていないのに気が付いて、なんだかそっちの方が自分が使うモノとの関係に於いてしっくりくるように思えてきて、それからは自分のiPhone4sをケースから取り出して、あのお気に入りの背面ブラックピアノ仕上げ&シルバー鏡面Appleロゴに触れる感触を直に味わいながら愛用しています。

依然としてiPhone4sを愛用中!

もちろんムキ出しのままの使用ですから多少の傷は避けられませんが、iPhoneのそれぞれのモデルの仕上げというのは、多分じかに手で触るこのフィット感やサイズの絶妙さも含んでのこと・・・そんな気持ちでそちらのほうの満足感の方が僕には強いようです。iPhone5s&5cが本日発売開始ということでちょっと心惹かれるのも正直否めませんが、iPhone5よりもアイコン列1つ分縦寸法が小さく、なおかつ真っ黒でピッカピカなピアノ仕上げに銀色が輝く愛用中の4sモデルは手放し難く、今しばらくはムキ出しのままのiPhone4sの感触をポケットに持ち歩くことになりそうです。

ところで今朝がたiOS7へとアップデートしてみたところ、なんとデザイン&インターフェースがガラリと一新されて、古い機種ながらすっかり様変わりした使用感に、新しいiPhoneを手にしたような楽しさを感じてちょっとワクワクしてしまいました。・・・でも、いつまでつづくかな?(笑)
ラベル:iPhone iPhone5S
posted by フランキン at 17:25| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月16日

夜の森を走り抜ける

嵐が過ぎたばかりの折れた木枝が散乱する天城の峠道を、森の樹々を透かして届く月の光をフロントグラスに受けながら走りました。カーブを曲がりながら、いつもは感じられない幾筋もの水の流れる音が聴こえてくる・・・通り過ぎたばかりの嵐が置いて行った風と水が森と融和する、その体内を走り抜けて行くような感覚・・・今夜も伊豆の森は生きていました。
posted by フランキン at 20:27| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月14日

秋の声に包囲された夜

大室山から伊豆高原の桜並木へと抜けていく道・・・暗くなっても遠目に海を感じさせながら、くねりくねりと曲がりながら下りていく坂道の両側にはお洒落なペンションやプチホテルが立ち並んでいて、細い道ながら時折路線バスともすれ違います。車のウィンドウを下ろして台風が近づく嵐の前日の空気を誘い込みながら走っていると、湿った空気といっしょに秋の虫たちの高周波の声の重なりが入り込んできて走っても走っても何処までも付いてきます。聴こえる・・・というよりも、聴覚を刺し通すようにして侵入し脳髄に直接ふれて共振させるような防ぎようのない一種の破壊力を伴った虫たちの合唱・・・今この瞬間、秋の虫たちは我々人間よりも数の上で明らかに勝っているということに気づかされます。やはりこの時季・・・人間は秋の虫たちにより包囲されています。シェアした曲はアフガニスタンにルーツを持つアーティスト、Omar AkramSeven Secretsです。季節ごとに明かされる秘密に気づくようにしてその時々に人の置かれたありさまを思い描いてみる・・・耳を澄ませば、目を閉じ再び見開いたなら遠くを見つめてみる・・・誰にでも感じ取れる物語がそこにあります。
posted by フランキン at 19:37| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月10日

再生する花束

伊豆長岡から伊豆高原への帰途、やがては狩野川へと至る細い支流に沿ってつづく県道12号は八幡東(はつまひがし)のT字交差点を冷川方面へと過ぎた辺り、川と道の間に挟まれた歪な田んぼの連なりを左に、草木の生い茂る山肌を右手にしながらしばらくつづく直線に近い道筋の一点に僕はいつも目を惹かれます。足を止めたくなるようなものなど何もないこんな場所に、小さく活けられた花束が絶えるのを、僕は見たことがありません。雨や風に晒されて散らされ倒れても、またいつの間にか花が新たにされている・・・その再生を目にする度に、家族なのかはたまた恋人なのかなど僕は知る由もないのだけれど、この場所で命を落とした誰かが、此処に花を活け続けている人にとってどれだけ大切な人であったのか・・・通る度にひしと感じさせられます。

誰かの生を憶えているということ・・・それは記憶の中の今はもういない人の今≠ノとり、何かしらの意味を持ち得るのでしょうか。ふと思い出されるのが、既にいなくなった自分を憶えてくれている人がひとりでも生きている限り、そこに留まり平和に暮らすことが出来るという終わりの街≠フ様子を描いたケヴィン・ブロックマイヤーの「終わりの街の終わり」という物語でした。ストーリーを読みながら、僕は自分が此処にいるということの特異さと不思議さに突然気づかされたような気持ちになったものです。

シェアした曲は、1983年2月にこの世を突然去ってしまったカレン・カーペンターが、カーペンターズとして生涯最後にレコーディングしたという、そして惜しまれたその死の直後に発表されたヴォイス・オブ・ザ・ハートというアルバムの一曲目に収められているNow=@です。

今を、そして今を共にする人を大切にしよう・・・互いをしっかりと記憶に刻み、形を心に留めながら日々を生きよう・・・通る度に目にする再生する花束≠目にしながら、僕はいつもそう感じさせられます。あの道筋に花を活け続けている人の中には、大切だったはずの誰かがきっと今も昔のままの姿をもって生きているのかもしれません。記憶というのは、過ぎてしまったその日々がどれだけ遠いかに関わらず、それを自分の内に留めている人の生き方に今も働きかけてくる・・・誰かのことを悼むということは、きっと今はもういないその人の生の輝きを自分を通してこの世界に辛うじて留めることなのかもしれません。

伊豆高原は曇り空、そしてすっかり秋めいてひんやりと涼しい一日となりました。今夜もまたあの道筋を通ります。夜の暗がりの中で、数日前にまた新たにされたばかりの真紅の花が風にゆれているはずです。



Now,  Carpenters

Now when it rains, I don't feel cold.
Now that I have your hand to hold,
The winds might blow through me
but I don't care.
There's no harm in thunder if you are there.

And now,
now when we touch, my feelings fly.
Now when I'm smiling, I know why.
You light up my world like the morning sun.
You're so deep within me, we're almost one.

And now all the fears that I had start to fade.
I was always afraid love might forget me,
love might let me down.
Then look who I found.

The winds might blow through me
but I don't care.
There's no harm in thunder if you are there.

And now, now,
now when I wake, there's someone home.
I'll never face the nights alone.
You gave me the courage I need to win,
to open my heart and to let you in.
And I never really knew how, until now,

Until now.

No, I never really knew how,
until now
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2013年09月08日

世界の中の距離と広さ

深夜の覚え書きです。少し前のことだけど、日系ブラジル人3世の女性旅行客二人に、新幹線やJR等々、電車の乗り継ぎ時刻と方法について案内する機会がありました。一人は60代、もう一人は明らかに既に70代と思われるその二人は、カタコトなのだけどきちんと意味が通じる日本語に流暢な英語とポルトガル語が混ざった言葉を駆使し、それに対してどちらの言葉にも疎い僕はもっぱらゆっくりと手振り身振りを交えた日本語でのやり取りでした。僕と全く変わらない日本人の顔を持ちながら、太平洋を越えていま目の前で異国の音声を発する二人に接しつつ、僕は戦前にあちらに移り住み動乱の時期を経験しながら世代を重ねた日系ブラジル移民の人々のことを殆ど知らない自分自身に気付き、目の前に立つ歳を経た二人の女性に対し、ごく自然な感覚として敬意が湧いてくるのを感じたのでした。

彼女たちが希望する電車のダイヤについて説明しながら、その翌日一日の行程が、伊豆から九州、そしてその日中にターンして瀬戸内の街にまで及んでいることを知り、およそ1500キロにも達する旅程を平然と一日の内に予定する60代70代の女性たちに接しながら、多分二人は日本製日本人の僕とは全く異なる距離感覚、言い換えれば世界の広さ狭さについての感覚を抱いており、きっとそれに伴って世界の見え方もずいぶん違うのだろうな〜とつくずく思ったものです。

なぜこの日系ブラジル移民の女性二人のことを思い出したのかと言うと、実はオリンピックの招致合戦についての報道がここ数日のうちにますます過熱する中、日本の東京五輪招致実現に影を落とす≠ニマスコミ上で懸念されている(この時点でこの問題について結ばれている焦点にズレを感じる)福島の原発汚染水問題について、東京がその問題の現場から相当な遠隔地に位置する都市であることを示そうとして提示された250キロという数字を目にしたからでした。ニュースの映像の中でこの数字が安全の根拠であるかのように語られた時に僕が感じたのは、日本の人々というのは(もちろん自分も含め)自らの主観を確定する要素について、何とも自己本位な自信を持ち易い人間たちなのだな〜ということです。

あの日系ブラジル移民の女性二人は、250キロという距離を、果たして遠い・・・と感じるだろうか? それとも近い・・・と感じるだろうか? 世界にはひとつの物事についても実にたくさんの感覚と異なる受け止め方、多種多様な理解の仕方があるのだと、今しみじみ思います。

発生中の問題を日本は完全にコントロールしており、被害などは絶対に起きない・・・東京は世界一安全な都市。

オリンピック東京招致のプレゼンテーションの模様を伝えるニュース映像を見るにつけ、個人的には、オリンピックが東京で開催されるという出来事を僕も体験してみたいともちろん思いながらも、その実現はすべてに優先する大義であり、その成就を切望するあまり、現実に起きている未解決の問題の重大さから心がますます逸らされ、小さく小さく見つめようとする方向へと誘導されているような気がして、過熱する盛り上がりの中に、真に迫った割り切れなさを今夜は同時に感じてしまう夜なのでした。さて、訪れる朝はどんな朝になるのでしょうね。
posted by フランキン at 03:02| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年08月23日

ある鷹との8秒間・・・



数日前のことですが、いつものように伊豆長岡から県道12号を天城方面へと走り、森の中を抜ける登りのワインディングロードで右へ左へと振られながら鹿路庭峠(ろくろばとうげ)を経由して伊豆高原へと帰宅した時のことです。両翼を広げると1メートルは優に超える1羽の大きな鷹が、翼を森の空気へ優雅に張り伸ばしながら僕の車の数メートル前にフワリと入り込みました。細く曲がりくねった森の道に沿って鷹は車を先導するかのようにカーブを回りながら凡そ8秒間・・・わずか数回の羽ばたきのみで僕の目の前を飛びつづけ、ヘアーピンした3度目ほどのカーブにさしかかったところで森の木々へと直進するようにして道から逸れて消えていったのですが、そのあいだ僕はずっとフロントグラスのほぼ中央にその鷹が飛ぶ後ろ姿を見つめながら導かれるようにして走ったのでした。

鳥たちは交通ルールを守る・・・このニュースに接してつい数日前の森の中でのあの鷹との邂逅を思い出したのですが、彼(あるいは彼女)は明らかに僕の車の速度を読み、その前を等速で飛ぶことを楽しんでいるように感じました。こういったことはこれまでも幾度かあり、熱海の多賀の海岸線ではウミネコが、宇佐美の海沿いの道ではカラスが僕の前を走りました。いずれも8秒間ほと・・・距離にすれば130メートルほどを袖振り合ったことになります。どちらが相手に合わせているのかと言えば・・・いつでもそれは鳥たちの方なのでした。
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2013年07月29日

熱海の夜空に小宇宙出現!

7/28、別の用件で熱海へと向かったところ、
思いがけず花火大会の時間と重なりました。
エフエムCiao!に車を停めて親水公園へ・・・
海老の塩焼きを手にヨッコラショと腰を下ろした途端、
付近の明かりがフッ・・・と消え、
最初の斉射がドッドッドッーーーン!
というわけで、
この夏はじめての花火大会は熱海にて…

宇宙創生のレプリカ・・・
真夏の熱海にビッグバン!
眼前の夜空に大音響の小宇宙出現!

宇宙創成のレプリカ 熱海の夜空にビッグバン!
眼前の夜空に小宇宙が出現! 膨張する宇宙

いやぁ〜綺麗でした。

いや〜綺麗でした。。。



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2013年07月24日

蝉たちの次元上昇(?)

伊豆長岡ホテルサンバレー富士見、一号源泉櫓

伊豆長岡の古奈に位置する自家源泉の宿、ホテルサンバレー富士見の敷地内には二つの源泉があるのですが、画像の中に見えるのはそのうちの一つホテル正面入り口の脇に聳える早朝の一号源泉櫓です。でも撮ろうとしたのは実は源泉櫓ではなくて、早朝のこの風景にあふれた見えない音とその主たちなんです。伊豆長岡も真夏の盛り・・・蝉たちは朝5時を過ぎた辺りから、あちこちの木々や茂みの中で競って声を挙げはじめます。曇り空の下の一号源泉の櫓のまわりのわずかな緑の中・・・今この画像の中にはおそらく三十匹は優に超える数のクマゼミたちが潜んでいて盛んにシャッ!シャッ!シャッ!シャッ!(僕には前のめりの4ビートに聴こえます)と声を張り上げています。

ひとつひとつの声を聴き分けてみようと耳を澄ましてみるのですが、その内の三つくらいまでの個体はなんとか数えられてもそれ以上の数になるともう完全に歪んだ音声飽和状態になり、蝉たちの声は空間にあふれて迫る束ねられ大きなうねりとなり、膨張しながら人間の聴覚を自分たちの音声で塞いでしまおうとするかのように内耳を圧倒してきます。ところが不思議なことに、そんな大波のような蝉の合唱の中でもはじめに数えることの出来た三つくらいの個体が発する音声はなんとなく方向を辿ることが出来、指向性マイクを左右に振りながらキャッチした音声を周囲から選り分けて徐々に集音エリアを狭めて音の発信位置を特定するような感覚で目を向けた先には、確かに黒くて大きな身体に透き通った羽根を付けたクマゼミをちゃぁ〜んと見つけることができます。クマゼミの大合唱・・・これほどの数のクマゼミが一斉に鳴くありさまは、僕が伊豆に移転してからの十年間で三度目の体験(神奈川にいた頃はそもそもクマゼミ自体がもう珍種のようなものでしたし)になります。

いつも思うのは、その年に地中から這い上がり成虫となって声を挙げる蝉たちの分布や勢いは、いつどのようにして決まるのだろう? ということです。空を飛べるようになった蝉はわずか数日しか生きられないといいます。その許されたわずかな時間の内に、彼らの生態が可能とする範囲で飛び回って他の個体と出会って生殖を行い、やがて自らは既にいない数年後の夏に日の目を見るであろう子孫たちを後に残す・・・そう考えてみるともしかしたら今朝耳にしたクマゼミたちの大合唱は、数年前に栄えたひと夏のクマゼミたちの栄華を謳っているようなものとも言えるかもしれません。

僕が小さな頃は熊ん蝉(クマンゼミ)と呼んでいたクマゼミたち・・・比較的木々の低いところにある枝にさえとまって鳴き続ける彼らは、鳥たちに狙われ猫たちにも襲われ、それでも声を挙げるのをやめず今朝もひたすら伊豆の空気を震わせていました。二次元の地中から三次元の空間へ・・・自らの世界を見事に転換して命を生き尽くすかのような蝉たちは、人間たちがちまたで流行らせている「次元上昇」なるものを、当たり前のように毎年繰り返している存在に感じられる朝でした。
posted by フランキン at 11:17| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年07月15日

ひぐらしが鳴く頃・・・



蝉の声が聴こえてくると、「夏だな」・・・としみじみ思う。小さな頃を過ごした神奈川の藤沢では、聴こえはじめの蝉はいつもニーニーの声で、そのすぐ後からアブラゼミが幅を利かせるようにしてがなり加わって、それからミンミンやツクツクホウシ・・・といった順番だった気がする。ところが伊豆に来てからは、その夏に一番早く耳にするのは明け方辺りに聴こえてくる、ひぐらしの「カナカナカナ」・・・という声に変わった。

大抵の蝉たちの声が、茹だるような夏の暑さの中で発信点を中心に滲むようにして広がっていく波状円を感じさせるのに対し、仄かな朝の明るみの中でまだ光が足りずに熱も地に落ちて空気は色ももたず、建物や樹々も何もかもがシルエットとして感じられる黎明の時刻に響くカナカナという声は、最も姿が見えにくくて存在が希薄に感じられる種類の蝉の声にも関わらず、目に見えるかのような確かなカタチの感触を帯びていて奇妙な説得力がある。確かなモノ・・・過ぎてしまった後に記憶として何が残るのかは、そんな感触の差の違いに依るのだと思う。そう考えると、もう幾度の夏を僕は通り過ぎてきたのだろう。

ひぐらしの鳴く頃・・・なぜか子供の頃は、夕刻の他はひぐらしの声を聴いた覚えがないような気がする。ちまたで話題になったアニメのタイトルではないけれど、その名の通り、ひぐらしは日暮れの辺りに声を挙げるもの・・・そう思っていた。要するに、僕は今、少年の頃とは異なる時間軸に身を置いているのであって、目に入るもの、耳にするもの触れるもの・・・体験するリアルが小さな頃のそれとは微妙にズレているのだということに思い当たる。人にとって過日の記憶はもう自分がいない世界で繰り返される一種のファンタジーのようなものなのだろう。そうか・・・だからなのだろうな・・・と、思う。夏を迎えて高まる気分の裏側で覚える感情のゆらぎには、もう後にして久しい、今でこそ大切だと思える幾つもの夏の時間への手の届かない憧れや懐かしさのようなものがいつでも混ざっているのだ。大切なモノ・・・やっぱり過ぎてから気が付く。

シェアした動画はちょうど1年前の今日にUPしたもの。主な風景は「伊豆の瞳」とも称される伊豆一碧湖(いっぺきこ)で、背景に流れるメロディはスパニッシュテイストのギターとピアノによるデュオユニット、UNOのセカンドアルバム「月は光りぬ」のラストを静かに飾るシンプルなバラードナンバー大切なモノ
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2013年06月28日

言葉を帯びた香り、音、動き・・・飛浩隆の「デュオ」にからめて

2007年に公開された映画で「パフューム〜ある人殺しの物語〜」という作品がありました。映画の公開に合わせて配給会社のギャガコミュニケーションズが企画、JAA日本アロマコーディネーター協会の監修のもと、映画からイメージした香りのブレンドを競う「永遠の美の香りコンテスト」が開催されました。もう6年前のことです。昨日のノアノア、「茶色の小瓶と碧の地球」にゲスト出演していただいた大木いずみさんは、そのコンテストでグランプリを受賞した香りをブレンドした女性でした。

お話を伺いながら感じたのは、ひとつひとつの香りをブレンドしていくそのプロセスが、言葉を紡ぐことと少し似ているように思えたことでした。目にするもの耳にするものを問わず、人が受け止める一連の言葉(文章・話)を短く切り詰めていくと、文章、文節、単語、幾つもの品詞が浮かび上がってきます。個々に意味を帯びている言葉のひとつひとつは、その選択と結びつきの順序により単独では持ち得なかった意味と作用を帯びるようになり、それにふれる人が自身の内に予め持っている知識や記憶を絡めて瞬間的に新たな経験を創造し、人それぞれの風景をかもし出すに至ります。香りも似ているな・・・と思いました。

香りが働きかけてくる作用も、ひとつひとつに特色を持つ精油(その精油独自の香り成分の組成)の選択と分量(軽さ・重さを含んだ揮発順序も含め)と希釈度合等々、そのプロセスを経て単独では持ち得なかった働きかけを持つに至り、それにふれて感覚する人に作用し、そうして物を語る≠謔、になります。映画や小説のストーリーや劇中のキャラクターが放つイメージを香りに置き換えて表現するということ・・・もしそれができるのだとすれば、きっと香りにも言葉があるのだと思います。香りが意味を帯びるということは、それ自体が言葉になることなのかもしれない・・・そんな風に思います。

偶然ですが、昨夜から今朝にかけて、飛浩隆という作家の「デュオ」という中編小説を読みました。事故によって指を痛めて以来、自ら天才ピアニスト足り得る才能に恵まれながらも今は調律師として音楽の世界に留まっている男が、新たに調律を請け負うことになった若き天才ピアニスト、グラフェナウアーとの出会いで経験する音楽世界との異質な関わりと、人間の感覚と存在を突き詰めて表現した物語なのですが、奏者の意を完璧にくみ取って整えられた楽器と、優れた感性と技量により裏打ちされた表現の仕方によっては、譜面の中に位置づけられた一音一音が絶妙な本来性を帯び、強力な意味の働きかけをもって聴き手に迫る・・・それは音楽がかもすニュアンスの域を軽々と越えて、もはや明確に意思を表明する言葉のようであり、音楽もまた形を替えた言葉なのだと感じさせられる読書体験でした。

言葉はいらない・・・強く印象付けられる何ものかを経験した時に、しばしば人は言葉を失くし、また手放します。説明も解説も何もかもを必要としない、体験する感覚としての音楽、香り、動き・・・それらはきっと、人が生き物として感知し得る物理的な刺激を超えて、また、技術的に人間が取得できるカタチとは異なる在り方でこの世界に漂う何らかの情報を抽出して、垣間見せてくれるものと言えるような気がします。接した瞬間に人の心を強烈に捉えて離さないような香りの再現、音楽、舞踊などに接する時に、僕らはもしかしたら、この世界、ないしは空間に放たれて久しい、かつてより存在する何ものかを受信・解読・抽出した言葉を経験しているのかもしれません。僕はそんな風に思うのです。この世界に何か普遍的なものが在るのだとすれば、音楽であれ、文章であれ、舞踊であれ他のなんであれ、感覚し得る言葉(文字通りの文字によるものに限らず)として、無数の人々が表現してきた無数の積み重ねの中に顕れ出でているものなのかもしれません。

そう考えてみると、今の自分の居場所である伊豆において日毎に目にする海や空、山や森の風景の中にも、言葉に替えられることを待つ幾つもの情報が溢れているのかもしれません。海を見て、空を見て、風を感じ光を浴びて、ふ・・・と言葉が浮かび上がってくることがあります。そんな瞬間に働きかけてきた感覚を何らかの形で言い換えて、声にしろ文字にしろ、表現し、残していくということ・・・それを楽しみながら大切にしていきたいと僕は思います。昨日から今日にかけて・・・そんなことを考えさせられた一日でした。
posted by フランキン at 17:47| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月26日

天城の森の中のAdagio


今日はこれから夕方から夜にかけて仕事場の伊豆長岡のホテルへ向けて天城の森の中の道を走ります。県道111号遠笠山道路を海を左にしながら登っていき、県道112号へと交わる鹿路庭峠(ろくろばとうげ)のT字交差路を右に・・・その後しばらくは天城の森の中を下っていく細いワインディングロードがつづきます。伊豆高原にかかる霧が濃くなってきた様子から、きっとますます霧が深くなる森の木々の間をすり抜けていくことになりそうです。

霧が立ち込める夜の森の中を走るとき、ヘッドライトは懐中電灯ほどの頼りない光となり、車も人も周りの風景から切り離されて遠くから迫る対向車のライトが放つ拡散された光の兆しだけが頼りの計器飛行のような危うい感覚にしばし駆られるます。そんな時には、この森を支配しているのは人ではないのだと知らされたような気がしてくるもので、僕にはいつの間にか、森の木々からの許しを得て、ひと時のあいだこの道を通してもらっているのだと思えてくるのです。

中伊豆バイパスが工事のため7/12まで全面通行止めの今・・・毎回この道を通って中伊豆へと向かいます。やまない雨と深い霧・・・こういう風景の中でははじめてかもしれません。今日は大事をとって、いつもより早めに出かけることとします。暗くなって、霧が白い光とともに立ち込める道を走りながら、今日はこの曲をBGMにしようかと思います。Lara Fabianで、Adagioイタリア語バージョン。
posted by フランキン at 17:27| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

雨音の周波数


雨足が強くなってきて、さっきまでは微かにしかゆれていなかった草木の葉が、目方を増した雨粒が落ちて弾ける衝撃に小刻みな震えのようになってきました。風にゆれるのとは異なり、一枚一枚の葉が雨の滴に弾かれた瞬間だけ震えるさまは、さながらグランドピアノの天板を上げて弦の動きを見つめているようです。この時間の伊豆高原、雨音の周波数がそこらじゅうで働きかけてきます。Falling Of The Rain=E・・Billy Joelのソロデビューアルバム、Cold Spring Harborからの一曲。

posted by フランキン at 13:09| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

雨粒の詠唱


雨の音が今朝はいつもと異なって聴こえました。空気の粒子に動きがないためか、雨粒は仰角90度の真っ直ぐな垂直線を描き、空中で一切の交わりを絶ちながら完全な個の滴として加速しつつ一直線に地の一点を目指して空から落ちてくる・・・家の周囲に手の平を広げるようにして待ち受ける草木の葉に、その束の間の存在の証として、ポツ・・・と、たったひとつだけ小さな破裂音を残して弾けては地に沁み込み、風景を濡らしていきます。その無数の音が重なってささやかな詠唱のように耳にとどいて聴こえてきます。今日の伊豆高原は、そんな真っすぐな意志を感じさせながらも儚げな感触を帯びた雨の一日になりそうです。午前がまもなく過ぎでいこうとするこの時間・・・曲はBrian Crainで、Rain
posted by フランキン at 11:50| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月30日

Im Nebel



熱海からの帰途・・・伊東の海岸を過ぎて伊豆高原まであと少しというところでR135が霧に覆われました。霧というのは雨とも雪とも違った意志のようなものを帯びていて、ふれるものすべてを石に変えてしまうメデューサの魔力のような静かで容赦ない支配力をもって進んでいくように感じます。天城を超えて降りて来た霧は易々と大室山を包み込んで辺りにたちこめ、風景を白っぽい灰色に変えてしまいました。互いのつながりをかき消された木々のシルエットが二次元の希薄な濃淡となって風にゆれています。霧はいつでもやっぱりミステリアス。思い出すのはやっぱり、まだ本物の霧を見たことがなかった少年の頃に読んだヘルマン・ヘッセの詩の中の風景と感傷です。シェアした動画はヘッセの詩、Im Nebel「霧の中」のドイツ語文・・・そして曲はEnya で、Watermark です。

Im Nebel

Seltsam, im Nebel zu wandern!
Einsam ist jeder Busch und Stein,
Kein Baum sieht den anderen,
Jeder ist allein.

Voll von Freunden war mir die Welt,
Als noch mein Leben licht war;
Nun, da der Nebel fällt,
Ist keiner mehr sichtbar.

Wahrlich, keiner ist weise,
Der nicht das Dunkel kennt,
Das unentrinnbar und leise
Von allem ihn trennt.

Seltsam, im Nebel zu wandern!
Leben ist Einsamsein.
Kein Mensch kennt den andern,
Jeder ist allein.

霧の中  

ヘルマン・ヘッセ詩 高橋健二訳  

不思議だ、霧の中を歩くのは!
どの茂みも石も孤独だ、
どの木にも他の木は見えない。
みんなひとりぽっちだ。
私の生活がまだ明るかったころ、
私にとって世界は友だちにあふれていた。
いま、霧がおりると、
だれももう見えない。

ほんとうに、自分をすべてのものから
逆らいようもなく、そっとへだてる
暗さを知らないものは、
賢くはないのだ。

不思議だ、霧の中を歩くのは!
人生(いきる)とは孤独であることだ。
だれも他の人を知らない。
みんなひとりぽっちだ。
posted by フランキン at 18:07| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

消えた名前〜光と霧の中で

僕は昨夜、やけに見覚えのある、でも決して今ではなく過去の風景の中のものに違いない小路を夢の中で歩きました。時刻は真夜中・・・ひんやりとした霧がたちこめていて、少し先には左側に木の電信柱が立ち、小さな傘をつけた電球が燈っていて、たちこめた霧を其処だけ白く光らせていました。

その霧と光の中に、小さな人形のような影が現れたのを見て僕はちょっとギョっとするのですが、思わず立ち止まってしまった僕にその影が少しずつ近づいて来ると、すぐにそれが2歳くらいの小さな可愛い女の子だということがわかります。真夜中であるということ、そして夜霧の冷たさの中で、その子の様子があまりに小さく儚げに感じた僕は、「こんな真夜中に、どうしたの?お母さんとお父さんはどうしたの?」とその子を抱き上げながら訊ねました。どうやら女の子は道に迷ってしまったらしいのですが、でも、不思議と怖がったり、不安な様子はないのです。

こんな真夜中にこんなに小さな少女が道に迷うっていうのは、いったいどんないきさつのことだろう?と、それでも心配になった僕は、「君の名前はなんていうの?」・・・その子はしっかりとした発音で自分の名前を教えてくれました。その子に名前を訊く時点で、僕はこれが夢なのだとわかっていた僕は、目覚めたらきっとこの名前を忘れてしまうと思い、その子の名前をとにかく憶えていたくて、何度も何度も想いの中で反芻しました。それなのに・・・記憶から消えてしまった。リアルな印象だけが残る・・・不思議な感触の夢でした。あの少女は誰なのだろう? 曲はYuccaの歌声で、Call My Name 〜風鳴りの丘〜
posted by フランキン at 11:51| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

In the early morning rain


伊豆長岡で早い朝を迎え伊豆高原へと帰っていく・・・もうすっかり馴染んだこのドライブの感覚が好きです。「梅雨入りしたとみられる」という気象庁の発表は一昨日のことですが、昨夜遅くまで残っていた雨は朝の訪れとともにまた新しい霧雨となって朝の風景を満たしていました。緑の真ん中を貫きながら中伊豆の道を走る・・・朝の光に浮かび上がる白い霧をまとった山々は、彼方というには身近過ぎるところに垣となって田んぼと民家からなる風景を囲むようにして連なり、道々の風景を箱庭のように感じさせてくれます。まだ空気がひんやりと感じられる梅雨の始まりの朝・・・今朝の雨はこの曲のような感触がありました。In the early morning rain≠Eva Cassidyの歌声で。今日はこの後、午後には熱海でラジオです。雨っぽい曲ばっかり、かけようかなと思っています。^^
posted by フランキン at 10:30| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年05月24日

満月を見つめるということ



満月というのは気づいた時には既に今日の空に浮かんでいて、観察者である僕をいつでも一歩先んじています。ポッカリと浮かぶ月・・・などと言い表したくなるのは、きっといきなり視界の中心を占めてしまうその唐突なありさまから受ける印象も含んでのことかもしれません。満月というのは限りなく丸いのだけれど、もし予備的な知識(今や常識だとしても)がなければ、僕はその丸い形を「円」として受け止めていたことでしょう。夜が深まるにつれて空がさらに暗くなり月の明るさが更に増してくると、目を細めて見つめる月の表面に印された、古来から無数の人々の想像力を刺激しつづける模様に絵と動きを感じるようになります。幾つもの神話や民話が見出されてきたあの丸い月を円ではなく「球」として見つめるということ・・・今やそんな当たり前も、そこに至るまでにはずいぶんと長い時間の流れと人間の意識の変遷があったのかもしれません。

今夜の満月も、すっかり中天にかかりました。月の光が音を立てるようにして注ぐ伊豆高原で月を見つめる・・・足元の小さな小石や木々の枝葉もそれぞれにくっきりとした影を帯び始め、ちょっと不思議な気分で今夜の空を観察している自分もいつのまにか風景の一部となっているような気がしてきました。

シェアした動画は、ニュージーランドはウェリントンのマウントビクトリア展望台に上がる月のリアルタイムビデオです。人々のシルエットがなんとなく童話的です。こんな風にゆっくりと月に戯れてみるのもいいなぁ〜^^
posted by フランキン at 21:31| 静岡 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする