2017年06月13日

Solaris ソラリス

昨日観てきたばかりの映画「メッセージ」に触発されて思い出した別の物語についての記憶から・・・すみません、長文です。^^
ソラリス(Solaris)・・・という名詞というか言葉というか、詩的なその音の響きも、それに付されて語られるスタニスワフ・レム(ポーランドの作家1921〜2006)創作による物語の、理知と心に働きかけてくる存在感も共に大好きです。
自分の理解の及ばないものや受容不可能に見える状況に遭遇した時、その理解の尺度が相変わらず自身の経験と観点から離れられないのが大抵の人間の現実であり、この世界の様々な事象に重なって現れ出る人間社会の限界でもあります。
異質なものに相対した時に、その存在や状況から身を守らなければ自らが損なわれる・・・世界はそういった恐れにあふれているような気がしてなりません。そして何かを異質だと感じた時点で、同じくそれを異質だと認め合う関係にある者たち同士で互いに頷き合い、理解し辛い(あるいはしたくない)という以外に特別な共通認識もないまま、異質であること=無関係な存在、場合によっては排除すべき敵であるかのように見なしてしまうことへと、比較的安易に流れていってしまうこと、有りがちではないかと思うのです。
映画「メッセージ」を観て思い出したのが、中学生の頃に手にしたスタニスワフ・レムが書いた「ソラリスの陽のもとに」という小説、また、その映画化作品(タルコフスキー[1972]とソダーバーグ[2003])による二作品)をのちに鑑賞した時に抱いたリセット感覚でした。
もちろん、この物語も、レムという作家の想像力の中から生まれてきたものである以上、人間の受容と理解の限界の範囲内にある物語のはずなのですが、そのあまりに斬新で人間の思考や物質創成にまで踏み込んだある意味では荒唐無稽にも思える地球産のそれとは異なる生命の在り様(ソラリスでは海そのものが知性を持った生命体)に、すっかり恐れ入ってしまったのと同時にえらく感動した記憶があります。
近頃よくお目にかかる、他の天体における、基本的な生命生成に必須な物質や、環境条件の探索、生命痕跡の発見の可能性についてのニュースに接する度に、自分たちと「似たもの」との遭遇を前提とするだけで、人類は果たして本当に有意義な発見や出会いを実現できるのだろうか? などと考えながら、レムの作品のことをしばしば思い出していました。
場合によっては自身の観点を保留、ないしは放棄して、理解、需要に努めねばならないことが有り得るということ、相対する異なったものが二つ以上同時に存在し、どれもがみな正しいという場合さえ有り得るのだということ・・・観てきたばかりの映画「メッセージ」の中で、言語学者ルイーズ・バンクスの見せた、諦めずに未知なモノ、異質なモノとのコミュニケーションの道を拓こうと努める姿は、恐れと疑いに駆られて防衛機制に捉われた行動パターンに走りがちな人間の弱さが何も生み出し得ないことを浮き彫りにし、心を打つとともに美しくもありました。
異質なもの(者)への恐れ、対象と距離を置くことで安心を担保(それ自体は有益な場合もあるけれど)しようと安易に連帯すること、それにより理解と受容が放棄され、弱者や少数者への無関心が肯定され、世代間では関係性が築かれないまま分離が当たり前の世の中になってしまうこと・・・どの世代も口にしてきた愚痴とも云える「近頃の若いモンは」とか、しばしば若者たちの間で耳にすることが多い、「意味わかぁ〜んなぁ〜い」などという言葉とともに自分と誰かとの間に線を引こうとする態度などを目にする度に、人間は互いに異星人(エイリアン)になってしまい得る生き物なのだなぁ〜などと感じます。
SFというのは、単にフィクション、ファンタジーの粋を超えて、時に壮大な思考実験でもあり、突きつめて考えれば、人の生活や生き方にさえ意味をもたらすことがある古代からの神話やありがたい教訓を含んだ昔話(おとぎ話)にも匹敵する大きな気づきにつながる要素を含んでいることが多々あります。
映画「メッセージ」を観ながら、自然なこととして思い出したスタニフワフ・レムが想像力の内に創生した「ソラリス」という惑星での生命と認識と存在に関わる出来事・・・それは僕にとってあまりに意味深い作品世界だったのでしょう。何十年経った今も、自分が使うハンドルネームやメールアドレスには、この「ソラリス」Solaris(他人と重複するのでSoralis)という、僕にとっては詩的な響きと物語がともなう名称を用いています。
さて、観てきたばかりの映画「メッセージ」については本当はもっともっと違ったテーマ、そして具体的なことについて語りたいのだけど、映画が公開中、テッド・チャンの原作書籍も30万部の再ヒット・・・という現状の中、ヤボなネタバレはしたくないので、今はやめておきます。
シェアするのは、1972年のタルコフスキー監督(ソ連)につづいて、2003年にソダーバーグ監督(アメリカ)によってリメイクされ、興行的には大失敗作とされたものの、僕としてはとても好きな作品でもある「ソラリス」からのサウンドトラック、クリフ・マルティネスによる"Don't Blow It"です。
posted by フランキン at 10:38| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あの映画見た?この本読んだ? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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