2016年11月06日

ペルシャンブルー[Prussian blue]

先週のノアノアでOnAirしたナンバーの歌詞の一節に、「空はペルシャンブルー」(燃える秋/ハイ・ファイ・セット)という表現があって、ちょうどスッキリとした秋晴れの日でもあり、秋も深まって、紅や黄に色を変えた木々の葉をいっそう映えさせながら光にあふれる、見つめて見つめても見つめ尽しても青そのものである空の色を、生放送中に思い浮かべていました。



ペルシャンブルー[Prussian blue]・・その色の呼称には、僕がまだ訪れたことのない、この世界の何処かに確かに在る特定の場所だけで本物に出会える、そんな青を思わせる響きがあります。よく晴れてくれた木曜日、スタジオの窓から見える熱海の空も海も青そのものの色として目に映る・・・でも、この青い空も青い海も、今かけたばかりのこの曲の中に出てくるペルシャンブルーと、果たして同じものなのだろうか? そうでないとしたら、本物のペルシャンブルーって、どんな色なのだろう? と、生放送中だというのに僕は考え始めていました。

ペルシャンという、異国を思わせる呼称から思い起こされるのは、やはりその音の響きから、ペルシャという国というか文明というか、どことなく古代からつづくイスラムの香りが漂います。そういえばむかしの歌謡曲で高田みずえが歌っていた曲に「ペルシャン・ブルー」という歌があって、その歌詞には、「幾千年」とか「砂漠」といったイメージとともに「空はペルシャのブルー」という表現がありました。なるほどすると、ペルシャンブルーというのはやはり古代ペルシャ帝国の時代から今にまで残る、中東の何処かに由来する青色なんだ・・・と、自然な思索の流れとして思い込んでいました。

というわけで、生放送中に耳に残ったペルシャンブルーという名称に惹かれて調べてみると、確かに、古代のペルシャ帝国に属していたある地域からもたらされた貴重な青色の顔料があったのだということを知るに至りました。ラピスラズリを原料としたその貴重な青色顔料は、アフガニスタンで手に入れることができるもので、古代から現代に至るまで、じつに貴重で高価なものとして珍重されているのだとか。ところが、その名称は意中のペルシャンブルーではなく、なぜか全く異なる名で称されているではありませんか。

なんとその名は「ウルトラマリン」・・・ん? ウルトラマン? なに!? 空ではなく海のイメージなの?
荒野や岩山のイメージばかりが湧いてくるアフガニスタンをルーツとする青の色が海のイメージとして名づけられているっていうのは、ちょっと意外な僕なのでした。

街も人も今よりもずっと色が少なかった世界・・・かつてはそんな時代があったのだと思います。人々は人手に依らない自然の風景や植物・動物・鉱物の中に様々な色を見出し、それらの美しさを自らのものとしたいと願うようになり、それを手に入れることそのものが化学であり、経済にもつながる科学技術となっていったのかもしれません。であるからこそ、古代において顔料(染料と同じく色の根幹を成す物質)は貴重な輸出入品となっていたのでしょう。

アフガニスタンで産される良質なラピスラズリの深い青の色に焦がれる人々は、世界中にいたのかもしれません。ヨーロッパではそのウルトラマリンを使った絵の具で絵を描くというのは極めて贅沢で貴重な機会であって、フェルメールの「青いターバンの少女」をはじめとして、実際、その青色を使って描かれた絵画は歴史に残るような作品として知られているといいます。

でも、なんだか妙に現代チックなウルトラという音が付されたブルー・・・ペルシャンブルーのことを知りたいと思っていた僕にとってはちょっと意外というか、ショックにも近い印象だったのですが、ウルトラマリンの名称の由来を知ってみれば、それはそれで納得、というか、かなりロマンを感じます。ウルトラというのは、すごく深い青・・・という意味にもとれそうですが、その名で呼ばれるようになったのは、欧州を含め世界のどの地域においても、このブルーを海を越えてしか手に入れることが出来なかったからなのだといいます。

海の彼方から手に入れた青・・・ウルトラマリンというネーミングは、この青色をただ描写するだけに留まらず、この青がいかに貴重で希少なものであったかを今に伝えながら、自らが決して及ばない大自然の中に見られる色彩の一端でも手にしたいと求めつづけた人間の、緻密で壮大な物語を兼ねたものだったのだと今は思います。

では、ペルシャンブルーというのはいったい? 当初の関心から微妙にずれながら、いつのまにか色と人間との関わりの意外な歴史にふれることとなった僕は、再びはたと立ち止まり、そもそもではペルシャンブルーとはなんなのか? 考えてしまったのでした。「燃える秋」の中のペルシャンブルーは、どんな青色のイメージをもって歌われたのか? 高田みずえが歌った「ペルシャン・ブルー」の中の空の色は、本当にペルシャの空の色なのか? ところが答えはすぐそこに。

高価なアフガン産のラピスラズリを原料に、海を越えて欧州にもたらされたウルトラマリンブルー・・・あまりに希少で高価であるがゆえに、当然その代替となる顔料を人々は求めたのでした。18世紀、1704年のドイツはベルリンで、ハインリッヒ・ディースバッハという人物が、偶然にこの青色の物質の生成に出くわすこととなります。それはそれは素晴らしい青色顔料を高価なウルトラマリンの他に初めてつくることが出来たのがベルリンで発見されたこの青でした。当時のベルリンは、プロイセン王国の首都であり、故にこの青色はそれに由来して「プルシアンブルー」[Prussian blue]と呼ばれるようになったのだそうです。

ペルシャの空の色・・・ではなく、18世紀ドイツ、プロシアで見いだされた青であるという意味でのペルシャンブルー、つまりはプルシアンブルー。

青色にまつわる物語・・・それは、色というものを何も持ち得なかった人間が、太陽の光の中に含まれる無数の光の波長をいかに捉えて色彩としての技術と成していくのか、それに対する人々の海を越えた憧れが織り成したものだと僕は感じたのでした。

ペルシャンブルーという青色は、予想に反してペルシャの空の色を表しているわけではなかったのだけど、自然界の中にしか見いだせなかった幾つもの色彩を身にまとって美しく装いたい、表現に用いたいと焦がれる人間の情念がこれらの歴史に表れていることを考えると、大自然が自ずと在るがままにもたらしている何物にも、人間は決して敵わないのだということを、謙虚に受け止められそうな気がしてきます。

久しぶりの日曜のオフの日。秋晴れの太陽があと少ししたら天城の山々の稜線の向こうへと隠れようとしています。大気中に漂う塵の量によっては、青色に近い短めの波長の光は空を見つめる人の目に届かなくなり、もしかしたらそれをかいくぐって網膜に到達した波長の長い赤色に近い色のみを認識した僕らの脳は、それを夕焼けとしてとらえるのかもしれません。

自然界は色にあふれ、その色彩は一瞬足りとも同じさまに留まることはなく、太古から果てしない未来にまで変わらないのかと思うと、その時々の色の印象に意味を抱くことに、僕は詩を感じるような気がします。燃える秋・・・空はペルシャンブルー・・・この歌詞を書いた人が思い描いていた空の色は、果たしてどんなだったのだろう? そんなことを思いつつ、過ぎていく時間を窓の外の風景に感じながら過ごした休日でした。

シェアするのは、先週の番組の中でOnAIRしたのと同じ、ハイ・ファイ・セットが歌う「燃える秋」。
posted by フランキン at 16:45| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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