2012年08月16日

慟哭の花を見た夏の記憶

深夜帰宅して、もう昨日へと過ぎてしまった8月15日を思いながら、つらつらと書いてしまったものを、何はともあれウォールに日記として残しておこうと思います。思い出すことに任せて気持ちのままに文字にしたものなので、何の方向性も目的もなく、ただ今の僕の心情とその理由についての個人的な振り返りの記録です。

少年の頃の夏休みの記憶には、何のうしろめたさも感じることなく、今日も明日も夏休み・・・という解放感の中で見たテレビの記憶があります。学校がある日には見れないはずの時間のものばかりで、どんな番組を見たのかはほとんどすべて忘れてしまったのですが、ふたつほど、今でも強く印象に残っているものがあります。

70年代というのは、テレビドラマの中の表現の仕方が今よりもゆるい部分もあり、いわゆる昼ドラ(昼メロ?)と呼ばれる、主婦をターゲットとして放送されていたメロドラマには、何となく子供が見るようなモンじゃない・・・といった気恥ずかしさのようなものが感じられ、近づいちゃいけない・・・みたいな健気な躊躇いがいつもありました。小学生の頃のある日・・・外では蝉がじんじん鳴き続け、エアコンなんてなかった部屋の窓は開け放したままで、外のことなんて今ほどは気にしなかった、内にも外にも包み隠さない日常がまだまだ健在であった頃のある夏休み・・・その昼ドラ≠ニいうものを小学生であった僕ははじめて見たのでした。

でも、小さなモノクロのブラウン管に映し出されたのは、僕が想像していた大人の男女が絡み合うような色恋モノではなく、兵隊さん、洞窟、戦車、座布団を頭に括ったように見えた防空頭巾をかぶった女の人たち、そして、涙・・・でした。そこには少年の僕には想像もつかない、死がいつでも隣り合わせの中に生きる人たちの姿があり、生きたくても生きられない人たち、大切な人たちが次々の命を落としていく戦争の風景・・・それが子供心にショックで、故に惹き込まれるようにして、その時間は外に遊びに行くのも忘れて連日見入ってしまったのです。

慟哭の花.jpg

「慟哭の花」・・・というのがそのタイトルで、第二次大戦の終わり頃に熾烈を極めた沖縄戦の中に生きた、いわゆるひめゆり部隊≠ニして今も語り継がれる女子学徒看護隊員の女性たちを主人公においた物語でした。慟哭≠ニいう二文字が読めなかった僕は、父に、これ、なんと読むの?・・・と訊きました。「どうこく」と読むのだと教えてくれたのですが、今度はその意味がちっとも分からず、つづけて「なんていう意味なの? と訊きました。「悲しくて悲しくて泣いてしまうことだよ」・・・と教えてもらいました。読めないだけじゃなく意味も分からなかった慟哭≠ニいう言葉には、子供の耳と心にもなにやら尋常でない重いものを感じていたので、その意味がわかってドラマに描かれていることが更にぐっと近づいてくるような気がしたのを今でも憶えています。悲しくて泣く・・・というのすぐに想い浮かぶ様子だし、自分だって経験済みのことなのだけど、でもそれをこんなに難しい、子供の耳にも重い響きをもって感じられる慟哭≠ネんていう言葉を使っているというのは、きっと戦争を経験した人たちが感じた悲しみというのは、僕なんかには想像もできないほどに酷く辛いものだったに違いない・・・と、まだまだ子供であった僕は、その頃まだ健在であったお祖母ちゃんの話も、もっとちゃんと聴かなきゃいけないなぁ〜となどと思い直したのでした。

※写真は、1971年8月2日から9月10日(調べたら分かった^^)までフジテレビで放送された『慟哭の花』の貴重なワンカット。このドラマの挿入歌「ひめゆりの唄」を歌っていた歌手の古都清乃さんのホームページから拝借しました。

もうひとつ記憶に残っているのは、小学生がふだんは見ているはずもない朝のワイドショーの中のことです。ある日のこと、夏休み中の小学生の特権ともいえる寝坊をして起きた僕は、誰もいない部屋につけっぱなしのままになったテレビでたまたまやっていた小川宏ショーという番組に釘付けになってしまいました。夏休みといえば8月15日の終戦記念日が近づくにつれ、各テレビ局も終戦の特集に、たぶん今よりも多くの時間を割いていたように思います。終戦から25年ほどしか経っていなかったあの頃は、67年が過ぎた平成の今とはメディアの取りあげ方も扱い方もそこに反映されている精神もかなり異なっていたのだと思うのですが、その日の小川宏ショーもそれに違わず終戦特集がメインになって、かなり真剣なコーナーが進行中でした。

スタジオにはひとりの元日本兵の男性が自分の経験を語ってもらうために招かれていました。番組のレギュラー出演者たちに相対するようにしてひとつの椅子に腰を下ろした男性は、サングラスに帽子、そして顔をそっくり覆ってしまいそうなほど大きなマスクをしていました。でも、マスクでは隠しきれない両頬の端に大きな傷跡がチラリと見えていて、それに気づいた僕は、その男性が語る戦場での体験をにいっそうの迫真性と生々しさを感じたのでした。その頬の傷は、米兵の放った小銃の弾丸が両の頬を貫通した時の銃創なのだそうで、当時よくテレビで見ていたコンバットなどの戦争ドラマなどでは感じたことのなかった血を流すことの痛み≠感じました。どんな話をその男性がしたのかはもう記憶の彼方なのですが、ひとつだけ忘れられないこと・・・それは、小川宏の次の質問に対する男性の答えが意味することの重さです。

小川宏:「ズバリ訊きます。・・・戦場で、敵兵を殺したことがありますか?」
元日本兵:「・・・あります」

僕にはこの時のふたりの質問と答えが忘れられません。戦場で男性は、至近距離で米兵に対することになり、既に傷ついて戦意を喪失していたそのアメリカ兵を、その怯えに満ちた顔を間近に見つめながら殺したのだと、覚悟と悔恨の気持ちがにじんだ声でポツリポツリと、しかし子供の僕にも伝わるほどに決意を込めて語るのでした。その様子は子供の目から見てもあまりに哀れで悲しく、僕がまだ生まれる前のこの世の中が通り過ぎてきた戦争という社会情勢≠ェもたらしたものの重さと、それを殆ど知らずにいる自分とのギャップを痛烈に思い知らされたのでした。

少年の頃の、たかがテレビを見ただけの記憶なのだけど、以来、僕は戦争についての話には、きちんと耳を・・・それも両耳を傾けて聴こう・・・そう思うようになりました。小学生だったとはいえ、それは多分、僕にとっては後にも影響を残す思いの変化で、その思いが、今も強く僕の中には在るように感じます。あれからずいぶんと時が流れました。その間に幾十回もの終戦記念日が訪れては去っていきました。戦争の頃のことをいつも話してくれていた明治生まれのお祖母ちゃんもとうに亡くなって久しく、世の中も変わりました。もちろん、終戦の日の前後には、メディアにもこの日を意識した多くの話題が今ものぼります。しかし、僕が小学生の頃に感じさせられたような、戦争に対して抱かれていた悲しみや嫌忌の念、後悔と決意のようなものはもはや感じられないような気がしています。戦争の記憶がまだ20数年前・・・というのと、67年前というのとでは、メディアの中で番組の制作に当たっている人もそれを見ている人も、年齢も考え方もスタンスも異なっていて、それは無理もない、当然のことなのだろうと思います。現在はいろいろな賢い専門家や知識人≠ェ登場しては、戦争とその中での経験についての解釈≠し、説明≠し、現代とこれからを生きる日本人にとって必要とされるらしい戦争についての考え方を、他の多くの話題の中に交えて触れるようにして語って聞かせてくれます。そのどれもがとても客観的であり、何かきちんと整理されつつ、心が伴わないままに、情勢の変化に応じて過去の経験の意味を希釈しつつ、戦争へのプロセスをより容易なものへと変化させる方向へと、いま世の中は向かっていきつつあるようにも感じます。

日本を取り巻く周囲の国々の動静とそれを象徴する諸々の出来事、そして、そういった情勢を許してしまっているようにも見える政府の及び腰のようにも感じられる対応を見るにつけ、この社会と人々は、相当なフラストレーションを抱えているように思います。メディアはもちろん、より大衆の、そして個人の抱いている想いが反映されている率が高いネット上で見る言葉の多くにも、それらに対応するために、日本は変わらなければならない!・・・という風潮が強く表れているように感じます。国防を考え、徴兵制を復活し、核武装さえも真剣に考えるべき・・・そんな主張にもしばしば直面します。今後世の中はますます、古いとされる考え方や、障害となる決まり事や習慣的に尊重されてきた信条・・・そして、日本人の戦争観や世界情勢についての考え方に間違いなく潜在的に落ち着きをもたらしてきたはずの、67年前の経験としての戦争の記憶と感情≠、前に進むための障害とみなす時が、やがてはくるのだろうと思います。しかし、本当にそれで良いのでしょうか?

こんな長い文を書いているのはなぜなのだろう?・・・たぶんそれは、何よりも自分の為なのかもしれません。僕の感覚はあまりに理想主義的で、現実感がないとよく言われます。だとしても僕は、変化する情勢や計算の上に成り立つ論理だけではなく、経験によってしか得られないはずの戦争のという情勢が、いったいどんな経験を人に強いるものなのか? そのことから目を離さないでこれからもいたいと思っています。


posted by フランキン at 00:00| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。