2013年05月30日

Im Nebel



熱海からの帰途・・・伊東の海岸を過ぎて伊豆高原まであと少しというところでR135が霧に覆われました。霧というのは雨とも雪とも違った意志のようなものを帯びていて、ふれるものすべてを石に変えてしまうメデューサの魔力のような静かで容赦ない支配力をもって進んでいくように感じます。天城を超えて降りて来た霧は易々と大室山を包み込んで辺りにたちこめ、風景を白っぽい灰色に変えてしまいました。互いのつながりをかき消された木々のシルエットが二次元の希薄な濃淡となって風にゆれています。霧はいつでもやっぱりミステリアス。思い出すのはやっぱり、まだ本物の霧を見たことがなかった少年の頃に読んだヘルマン・ヘッセの詩の中の風景と感傷です。シェアした動画はヘッセの詩、Im Nebel「霧の中」のドイツ語文・・・そして曲はEnya で、Watermark です。

Im Nebel

Seltsam, im Nebel zu wandern!
Einsam ist jeder Busch und Stein,
Kein Baum sieht den anderen,
Jeder ist allein.

Voll von Freunden war mir die Welt,
Als noch mein Leben licht war;
Nun, da der Nebel fällt,
Ist keiner mehr sichtbar.

Wahrlich, keiner ist weise,
Der nicht das Dunkel kennt,
Das unentrinnbar und leise
Von allem ihn trennt.

Seltsam, im Nebel zu wandern!
Leben ist Einsamsein.
Kein Mensch kennt den andern,
Jeder ist allein.

霧の中  

ヘルマン・ヘッセ詩 高橋健二訳  

不思議だ、霧の中を歩くのは!
どの茂みも石も孤独だ、
どの木にも他の木は見えない。
みんなひとりぽっちだ。
私の生活がまだ明るかったころ、
私にとって世界は友だちにあふれていた。
いま、霧がおりると、
だれももう見えない。

ほんとうに、自分をすべてのものから
逆らいようもなく、そっとへだてる
暗さを知らないものは、
賢くはないのだ。

不思議だ、霧の中を歩くのは!
人生(いきる)とは孤独であることだ。
だれも他の人を知らない。
みんなひとりぽっちだ。


posted by フランキン at 18:07| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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