2013年02月04日

もしも沈む夕日に間に合えば、ただそれだけのこと

海が手に届くところに住んでいる人はきっとわかると思うのだけど、日が暮れる数十分前に、特に意味があるわけではないのだけど、海に向けて車を走らせたくなることがあります。季節も場所も全く異なるのだけど、ずいぶん前に流行った歌で、湘南 夏≠ニいう曲があるのですが、その歌詞の中に、これと良く似た感覚が表現されています。

なぜ海が見たいのだろう
もう若くもないのに
もしも沈む夕日に間に合えば
ただ それだけのこと


(かぐや姫 「湘南 夏」より)


http://youtu.be/YVIWWCeAJ5A

久しぶりに伊豆半島の西側に出かけてみたのは2日の土曜日のこと。伊豆長岡辺りで、もしかしたら夕日が沈む海の光景に間に合うかも・・・そう思いついてちょっとだけ速度を上げた車が行き着いたのは沼津に向けて海を左側にして走る海沿いの道でした。

高さのある防波堤が視界を延々と遮ったままの道で車を脇に寄せ、防波堤を登り超えて臨んだ先で僕らを迎えてくれたのは、視野いっぱいに広がる夕方の荒れた海・・・ゴーゴー!という遠くからの風と波の音、体温を奪い取りながらバサっ!耳元を過ぎていく風切音、そして今や水平線の向こうに沈んでいく寸前の真っ赤な太陽でした。

海に沈む夕日に間に合えば ただ、それだけのこと・・・ サーチ(調べる)クリックすると大きくなります。

真冬の夕日を見つめながら思ったのは、沈む夕日って、線香花火の火玉が落ちる寸前の儚さに、少し似ているな・・・ということでした。


posted by フランキン at 19:31| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Photoスケッチブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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