そんな伊豆の過去を思い巡らしてみると、そこには島として辿ってきた独自の時間もあるわけで、そう考えると伊豆そのものが個性を持つひとつの世界を形づくってるように感じるんです。だから伊豆半島はそっくりそのまま地球のフラクタルのようなもので、風景のあちこちにこの星のミニチュアのようなものを感じます。自然と湧き上がってくる、いま自分が身を置くべき「住みか」にいる・・・この感覚が好きです。
調和って、じつはとても大切だと思う。人が求める「癒し」・・・というものがもしあるとすれば、それは自分がひとつの存在として、人というこの星の環境に依存して命をつなぐ生き物であることを思い起こし、いま自分を取り巻くこの場所に、肯定されるとまではいかずとも・・・少なくともわたしは否定されていない▼・・という感覚を無理なく抱けるということも、ひとつのカタチなのだろうと思うのです。だから伊豆は、再び訪れたくなる旅先のひとつであり、住みたくなる土地として魅力が絶えない場所となっているのだと日々感じるんですよね。