2011年12月21日

伊豆半島はそっくりそのまま地球のフラクタル

水平線に目を向けると、いつも目に入る伊豆七島のシルエットが今日は靄に隠れて見えません。伊豆半島はそれらの島々と同じく、ずっと昔に絶海の孤島だった時があり、長い長い時の流れの中でいつしか列島に接触して半島となったのだと聞きます。ずっと海を移動してきて、他の島々よりもひと足さきにたどり着いて地続きになった・・・目の前まで迫って見える伊豆大島や三角のカタチをした利島のシルエットを遠くに見つめるとき、それは先にをたどり着いた者が順次あとにつづく者たちを肩越しにふり返っているようなものなのかもしれないですね。

そんな伊豆の過去を思い巡らしてみると、そこには島として辿ってきた独自の時間もあるわけで、そう考えると伊豆そのものが個性を持つひとつの世界を形づくってるように感じるんです。だから伊豆半島はそっくりそのまま地球のフラクタルのようなもので、風景のあちこちにこの星のミニチュアのようなものを感じます。自然と湧き上がってくる、いま自分が身を置くべき「住みか」にいる・・・この感覚が好きです。

調和って、じつはとても大切だと思う。人が求める「癒し」・・・というものがもしあるとすれば、それは自分がひとつの存在として、人というこの星の環境に依存して命をつなぐ生き物であることを思い起こし、いま自分を取り巻くこの場所に、肯定されるとまではいかずとも・・・少なくともわたしは否定されていない▼・・という感覚を無理なく抱けるということも、ひとつのカタチなのだろうと思うのです。だから伊豆は、再び訪れたくなる旅先のひとつであり、住みたくなる土地として魅力が絶えない場所となっているのだと日々感じるんですよね。


posted by フランキン at 12:00| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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