2012年07月31日

八日目の蝉たちの声は何が決めるの!?

伊豆に移転してきたのは2003年の暮れ近く・・・はじめての伊豆の夏は2004年ということになります。その年の夏は猛暑・・・それを象徴して感じさせたのが、シャッ!シャッ!シャッ!という少し重めの鳴き方が特徴のクマゼミの大群でした。神奈川にいた頃にはクマゼミは他のセミたちに比較して希少で、夏の間の早朝に何度かその声を耳にすることがあるくらいだったので、伊豆ではじめて迎えた夏のクマゼミの大発生には、少年の頃のセミ捕りでもなかなかお目にかかれなかった種のセミがこんなにわらわらシャッシャッとそこら中に現れてくれるのが面白くてワクワクしてしまったものです。

大室山ちかくの道筋にて
大室山ちかくの道筋にて

夏の風景と記憶には欠かせないセミの声ですが、地中で数年間を過ごして地表に出、数日の間大いに鳴いては大空の下での短い命を終えていくのだと聞きます。そこでいつも思うことなのですが、その年のセミの声・・・得に優勢となるセミの種類を左右するのは果たしてどんなことが要素となっているのだろう?・・・ということです。その年の夏の気候に反応して数が増減するものなのか?と思えば、でも数年間を地中で過ごして時期を迎えて地表に出てくるのだとすれば左右しているのはその年の夏ではなく、何年も時を遡った過日の夏・・・ということも考えられるような気もしてきます。そうすると、あのクマゼミ大発生で、それによる光ファイバーケーブルへの被害などもニュースになっていたあの年の個体数は相当な数に昇るはずで、その夏のセミたちの命の謳歌の仕方次第では、やはり相当な数の産卵が行われたはず・・・とも思えてくるのですが、そうすると、その夏のセミたちの数勢を決する因は数年前の夏にあり!・・・ってことにもなりそうに思えてきます。だとすれば、今年の夏の自宅周辺(伊豆高原池通り沿い)で聞こえるセミの声・・・真夏を迎えてもなぜかニーニーゼミの声が多く、アブラゼミとミンミンゼミの声は殆ど聞こえず、ツクツクホウシに至ってはまだ一度も耳にしておらず、朝夕のヒグラシの声がやけに多く感じるのは、やはり数年前の夏の因縁ということになるのでしょうか?

もうひとつ考えてしまうのが、セミたちが地表に出てきて過ごす数日間の、彼らの飛翔範囲の広さがどれほどなのか?・・・ということです。自分が移動できる距離の半径以内でしか産卵はできないはずだと考えれば、聞こえてくるセミたちの声とその種類を左右するのは、その夏にその地域で支配的になった種が数年後の夏にもその地域で支配的なほどの数として出現するのかな?・・・なんて考えたくもなります。伊豆高原と、城ヶ崎や川奈の辺りでは、明らかにセミたちの声の分布が大きく異なっているようにも感じます。

天城の山々越しに夏の空が染まります。
天城の山々越しに夏の空が染まります。

もしかしたら、夏の気候に合わせて、それを何らかな仕方と僕ら人間には未知の感覚器官を通して夏を占い、予定は早めて出てきたり、予定を見送って来年に繰り越し・・・なんてこともあるのでしょうか?2004年にはじめて過ごした伊豆の真夏でのクマゼミ大発生は、その年の雨の降り方と気温の高さが関係していると、確かニュースでは言っていたような・・・だとすると、セミたちは幼虫から成虫となる時期について、風を読む≠アとができるということにもなりそうです。

本当のことは分かりませんが、あれこれ考えると、自然の中で繰り広げられている生き物たちの営みには、じつにたくさんの不思議で満ちているのですね。今年は真夏に既に残暑の頃のセミの声の聞こえ方・・・特に夜明け頃のヒグラシが印象的です。未明のまだ暗い空が次第に青みを帯びて色づいてくるとともに、彼らのカナカナという少し寂しげで不揃いな声が、同じく目覚め始めた鳥たちの声と混ざり合って幾つも聞こえてきます。この夏のこのセミたちの声・・・数年後の夏の風景を既に左右し始めているのかもしれませんね。その時には、今年のこの夏の風景を、僕も再び思い起こすことになるのかもしれません。

伊豆はいま真夏の真ん中・・・海にも山にも川にも街にも夏が溢れています。この夏の風景・・・いつまでも変わることがありませんように。。。


posted by フランキン at 11:58| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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