2011年11月18日

16歳で登った劔岳で見つめた今につながる光景・・・伊豆高原「切麦屋あいだ」の會田アキラさん

伊豆高原・・・切麦屋あいだの會田アキラさんがノアノアに!
伊豆高原・・・切麦屋あいだの會田アキラさんがノアノアに!

地図を頼りに目的の場所まで迷うことなく辿り着く・・・
魅力的に編集されたガイドブックを片手に歩く旅は、
旅のカタチとしてはじつに無駄がありません。

でも時には、ガイドブックをポケットにしまって、
自分の心の趣きに任せて歩いてみる・・・
そんな風にして旅先での「しばしの迷い」を楽しんでみるのも
もうひとつの旅のカタチといえるかもしれません。

伊豆高原を走るメインの通りにつながって
旅人の訪れを待っている幾つもの細い道・・・
車を停めて自分の足で少し歩いてみる。

そうすると・・・知らずに通過していたたくさんの風景や、
伊豆高原に住み、此処での生活を楽しみながら
訪れる人々との関わりを心待ちにしている
愉快で温かな人々がそれぞれに世界を創っているお店を、
幾つも見出すことができます。

それはアートであったり、
味覚の繊細さや豊かさを再認識させてくれる
小さなカフェやプチレストランであったり・・・
山と海と高原に恵まれた
伊豆ならではの海の幸山の幸を堪能させてくれる
田舎料理・・・日本料理・・・蕎麦やうどんのお店であったり・・・。

11月10日(木)ノアノアにゲスト出演してくれた、
切麦屋あいだのオーナーである會田アキラさんも、
美味しくて心地の好い、そして何度も訪れてみたくなる・・・
そんな独自の世界観があふれるお店を丹念に創りあげてきた
伊豆高原の素敵な住人
のひとりです。

イケメンという評判の會田アキラさん。なるほど・・・花の似合う男でした。(^_^)v
イケメンという評判の會田アキラさん。なるほど・・・花の似合う男でした。(^_^)v

人間の歴史の中で、小麦というのは
世界のどの国の歴史の中でも食の文化を育んできた
ありふれているようでいてでも実はとても貴重な食材・・・
タマネギがもしなかったら
世界の料理は違ったものになっていたかもしれない・・・
などと言われますが、もし小麦がなかったとしたら、
やはり世界の・・・そして日本の料理や食習慣は
今とはまったく異なるものとなっていたかもしれません。

會田さんが切麦と称してメニューの中心に置いているもの・・・
それは、ずはり「うどん」のことです。
小麦がありふれたものに感じるのと同じく。
うどんという食べ物も、日本人にとってはじつになじみ深く、
やはりありふれた日常食といえるかもしれません。

でも、
世界中にある幾つもの種類のパンやパスタ料理などが、
様々な食感や味覚をもたらしてくれるのと同じく
會田さんが作る「うどん料理」も・・・
ありふれたものであるはずのこの食べものが、
じつはとても変化に富んだ味覚体験をもちらしてくれる
料理人の手の添え方によっては
驚くほど味わい深いものへと変貌する食べもの
なのだと
改めて気づかせてくれる世界を感じさせてくれるのです。

信州は長野県で街道沿いの蕎麦屋を営み、
のちにうどん中心のお店に・・・
行列ができるほどの大繁盛を経験しながら、
突然気持ちを変えそれらのいわゆる成功のすべてを後にし、
伊豆高原で小さなうどん料理の店を開店。
大きな看板があるわけでもなく、
目立った宣伝をしているわけでもない・・・
それでも、うどんがメインということからの予想を
あざやかに覆してくれる
他の何処とも異なる食空間と、
季節を感じさせる繊細さ・・・仏料理や懐石料理のような
絵のような美しさをともなう美味しさに惹かれ
會田さんのうどん料理をたべたい!・・・という
秘かに集まってくるファンは今も増え続けています。

會田さんがスタジオに届けてくれた伊東市は湯ノ花通りの和菓子屋さん、「にし村」の温泉まんじゅう・・・めちゃめちゃ美味しかった〜!
會田さんがスタジオに届けてくれた伊東市は湯ノ花通りの和菓子屋「にし村」さんの温泉まんじゅう・・・めちゃめちゃ美味しかった〜!

スタジオでお聴きしたお話からは、
切麦屋あいだの會田アキラさんというひとりの人間について、
これまでの人生で経てきた幾つもの選択の機会に、
意識しているか否かに関わらず彼がどんな生き方を望み、
今の伊豆高原での人生の形に至っているのかを、
ネロリもフランキンも強く感じたのでした。

ひとつのエピソード・・・

いろんなことに悩んで、
道筋を見失ったような感覚に陥ったという16歳の頃・・・。
16歳といえば、確かに
悩みがより具体的になってくる頃かもしれません。
将来の事などもいろいろと考えはじめるころです。

問題や障害・・・あるいは何かの壁を感じた時に、
人はたいてい、それらについて、「どうするか?」・・・
ということを考えます。
自分はどう対処・行動するべきか?という視点ですね。
自分の役割やそれにともなう為すべきこと・・・
自分のとるべき行動をすぐさま主体的に選択し、
行動できるなら、それはそれでいいでしょう。

しかし會田さんがとった行動は
初めから問題や障害に焦点を当てたものではなく、
自分を今までとは隔絶した
極めて純で異なる環境に置いてみること・・・

単身・・・あの劔岳(つるぎだけ)に昇るという行為でした。

社会のとの関わりが希薄に感じられるほど、
自分の命を純に気遣うことが先ずは優先されて当たり前の環境・・・
人間製の邪魔ものが一切目に入らない風景・・・
そういった場に自分を置くことは、
その人を大きく変えてしまうほどの気づきをもたらしてくれます。

いったい自分は何を望んでいるのか?
それが自分の内側から浮き上がってくるのを感じとった経験・・・
行動を急がせる社会の具体的な諸々から身を離し
敢えて社会とのつながりを曖昧にした環境に身を置くことで
自分自身を純な目で見つめ直してみること


当時の會田さんがそう思っていたかは別として、
彼がとって行動はそういうものであり、
その結果、見えていなかったものが見えるようになり、
進むべき道とそこへと歩を進める意志の確認ができたのかもしれません。

山についての知識不足もあったとはいえ、
ジーンズスニーカーというごく日常的な服装で、
映画の舞台にもなった険しさで名高いあの劔岳
唯独りで登っていく16歳の少年がひとり・・・
すれ違う大人の登山家たちにすれば実に奇異な様だったようで、
「君、どうしたの?」と心配して声をかけてくる人もいたのだそうです。

會田アキラ、16歳で見た劔岳(つるぎだけ)山頂・・・証拠写真^^
會田アキラ、16歳で見た劔岳(つるぎだけ)山頂・・・証拠写真^^

しかし山頂から見た絶対に忘れようもない美しい光景・・・
視野に収まりきらない
圧倒的で畏怖を呼び起こす自然の風景・・・
それにひきかえ絶対的に小さな存在にしか感じられない自分・・・
その小さな自分が自身の意志でこの山に登り、頂上に立ち、
この風景を紛れもなく自分の目でいま見つめている・・・
厳然と在り続けてきた大自然の風景から
自分のうちに入り込んできたエネルギーが心身にいきわたり、
自分という命が有する個の可能性を引き出してくれる・・・。

遠い昔のその日についての話を聴きながら想像するに、
今も會田さんの心に残る風景を僕自身の想いに描いてみて
僕にはそんな風に思えてきました。

少年のような心・・・會田さんが語られる様々に感じました。

16歳の時に登った劔岳・・・
それは會田さんのその後の人生の方向付けに、
常に・・・そして今も影響を与えつづける経験となったといいます。

切麦屋あいだを伊豆高原で・・・
じつはなぜ伊豆高原なのか?
それほど明確な理由はなかったのだといいます。

でも少年の頃に単身険しい山を登り、
大地と地球を感じた瞬間を今も脳裏に生きた映像としてもち、
後には山岳写真にも憧れるようになり、
尊敬する写真家と山中で出会い、その人物との交流から
自身も山の風景を写真に撮るようになったという會田さん。

数千年前の火山活動によって形成された岩と山、
海と高原、森とそこに生きる生き物たち・・・
まさに16歳の頃の會田さんが心を拓いたのと同じ
浸透力のあるエネルギーを持つこの伊豆高原という土地・・・
一連の過去と今を結んだプロセス考えてみると、
ランダムに選んだように思えはしても、
會田さんが伊豆高原で切麦屋あいだを開店したというのは、
必然と言っても良いほど、至極当然のことのようにも感じます。

3月11日に東日本大震災が発生し、
日本中の人々のアイデンティティーが試されたあの混乱の時、
震災からわずか2日後の13日に伊豆高原で上映された
地球交響楽第七番(ガイアシンフォニー)
その上映会を成功させようと奔走する伊豆高原の有志たちの中に
會田さんの姿もありました。

生放送のスタジオには、
このガイアシンフォニー上映会の成功のために肩を並べた
安田かおるさん(2月ゲスト)から
會田さんへのありがとうを伝えるFAXメッセージが届き、
リクエスト曲の、いきものがかりのありがとう
とともに読ませていただきました。
思いがけずに贈られたプレゼント・・・
會田さんも感無量だったのではないでしょうか。

どちらかというと人との関わりから遠ざかり、
孤高といってもいいほど
自分の料理の世界の構築に没頭してきた
會田さんのこれまでからすると、
ガイアを想う人々とプロジェクトに参加して経験した
心を同じくした交流は初めての経験で、
もしかしたらやはりそこには、
あの劔岳の山頂からの風景を見つめた時から連綿とつづいてきた、
生まれてきたこの地球の風景をすべて見、
経験し尽くしたい・・・
という、
會田さんの人生の基底に流れている願望が、
伊豆高原という土地を介して引き寄せ合った
そう成るべくして成った今という必然的な現れなのかもしれません。

人は生きてきた時間の分だけ
捨てられないものを多く持つようになります。
でも會田さんは、いま人々に愛されている切麦屋あいだを、
いつやめてしまってもかまわないと思っているといいます。

成し遂げたこと・・・歩みの途中で得たもののすべて・・・
それらに少しも執着せず、それらを後にして
いつでも新しいことに再び向き合って経験したいという願望・・・
きっとそれはやはりあの16歳の時の劔岳で経験した、
山と風と雲と自分しかいない・・・その純な経験からずっとつながってきた
會田さんの「在り方」なのかもしれません。

お贈りしたナンバーは
サーチ(調べる)Alison Krauss & Union Station
 るんるんThe Lucky One


サーチ(調べる)阿部芙蓉美
 るんるん青春と路地


サーチ(調べる)Corrine May
 るんるんThe Answer


サーチ(調べる)いきものがかり 安田かおるさんからのリクエスト
 るんるんありがとう


カナダのバンクーバーや南フランスなどの海外から・・・
また會田さんと同じ伊豆高原の皆さんからも・・・
番組にはTwitterタグ #noa2 を通しても多くのメッセージをいただきました。
応援していただいた皆さんに心から感謝を伝えます。
そして・・・素朴さのにじんだ
少年のような純な気持ちで語ってくれた會田アキラさん
ありがとうございました!

ノアノアな風をうけて・・・
この番組は、すべての人に物語があると考えて、
同じ伊豆に住む愛すべき人々・・・
また伊豆を好んで訪れるアーティストの皆さんetc
これからもスタジオにお迎えして、
何処にも無いようなそれぞれの人生やお仕事に
光をあてていきたいと思っています。
どうぞこれからもよろしく!
そしてドシドシ、ご参加くださいませ!


posted by フランキン at 01:23| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲスト&アーティスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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