2010年12月03日

宇宙におけるフェッセンデンの立ち位置


NASAによって地球外生命体に関わる大発見が発表されるexclamation&question
といことで…

いない…存在しない…
そう思っていた地球生物が実は存在していたexclamation×2
これは確かに研究者にとっては地球上の生命体についての
再定義の必要を迫るほどのことなのかもしれないですね。

地球にいないはずだったものが実はいた。

これを拡大して考えると、
いない…または存在が確認されいない…
とされる地球外生命体も、
実は存在しているかもしれない…
というところでしょうか。

新生命体…と表現されているけれど、
それは決して新しいものとは限らず、
もともと人知らずこの地球に生きていたものなのかもしれません。
もしかしたら、人間のほうがこの発見された生命体より、
地球上ではもっともっと新参者なのかもしれないです。

宇宙に生命体の兆しを求めつづけ、
でも何も確証が見つからない。
でも何処かにいるはず…いてくれるはず…
そう信じて探査や調査研究が果てしなくつづいていく。
宇宙の広さからすれば、気の遠くなるような隣人捜しです。
でも、やはりそこにロマンを感じて、
このニュースにあるような一見些細(研究者には大)な発見にも、
可能性のようなものを感じてワクワクしてしまうことは否めません。

ところで、今の様子からすれば、
たったひとつの極微な生命の痕跡であっても
地球外の何処かで見つかれば
それは大発見の大騒ぎになることでしょう。

では、この地球はどうなのか?

この地球は生命の痕跡どころか、
何処に行っても生命だらけなのです。
自ら生命の一形態である人間は、
他の無数の形態で存在する生命に囲まれて、
もはや生き物がいるということは
人にとっては日常的で当たり前の風景…でも…
その不思議を忘れてはいけないと思うのです。

宇宙に生命の兆しを求めるとすれば、
それは地球に住んでいる人間が、地球人として
自分の立ち位置をもういちど再確認することにもつながる。
大げさかもしれないけれど、僕はそう思うな。

そういえば…
E・ハミルトンの古典的作品の中に出てくる
フェッセンデンという科学者は、
宇宙の謎に最も接近した科学者だけど、
立っている場所についての考えを取り違えてしまったひとり…

フェッセンデンの宇宙 (全集・シリーズ奇想コレクション)
これは好きだったな・・・
小さな発見にワクワクしながら…
人間は謙虚さの価値を学んでいかなきゃいけないね。
posted by フランキン at 14:20| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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