2010年10月17日

ガザに落ちる夕陽…ごくありふれた…人を素に還らせてくれる風景


ブログ仲間のひとりは、陽の出や日没に美しさを感じる時、
それを「ありふれた奇跡」…と呼びました。

世界中の誰のもとにも必ず訪れ、
生きている限り同じ光景を目にする機会にめぐまれます。
でも…やはり美しいと、そのたびに思う。
写真の中のシルエットたちに親しみを覚えるのも、
きっと同じ感覚を味わいながらあそこにいるんだろうと、
なんの疑問もなく感じとれるからかもしれません。

太陽から届く光…
夕刻にかけて、大気の中に漂う塵の状態によって、
その中の幾つもの波長が途中で阻まれて、
生き残った波長のみが人の網膜にまで達して
ひとつの夕方の光景が創形されます。

夕陽に浮かび上がる人々の姿は、
ユダヤ人もパレスチナ人もなく、
西洋人や東洋人なんていう違いもなく、
太陽のもとで同じ感覚を抱きながら全身に夕陽をあびて遊ぶ、
ただの人々のシルエットにすぎません。

ペリシテ人、アッシリア、バビロン等々…
古代から今に至るまでの数千年。
数々の大国・強国・民族の支配を受けつつげ、
多くの血が流されてきた土地に沈む夕陽…

その風景は、僕が生きている
ここ伊豆で目にする夕陽と少しも変わらない…
ありふれた…でもやはり奇跡のように
人を素に還らせてくれる風景。


人々と人々の間に本来あるはずの平和や融和が
どんなに遠く奇跡のように思えても、
このわずか数枚の写真が示しているような、
ごくありふれたものに…ということになることも、
ただ虚しい夢ではないように思えてきます。

*************

目にするごとに焦燥や憤りにかられるような、
必ずしも知らなくても良い情報や思惑までもが
大量にメディアに溢れる中、
此処ではない何処か遠いところでの、でもやはり見慣れた風景を
ただ映し出すだけのニュースであっても、
貴重だなと時々と思う。
posted by フランキン at 14:42| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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