2009年11月07日

あなたの赤ちゃんは何語で泣きましたか?


赤ちゃんというのは、確かに子供の中の子供といえるかもしれません。しかしそのすべての感覚は胎内にいる時から周囲を感じ取り、学び、体験として取り入れ、自然な身体的な成長とともに自分自身を形造っているのだということを知ると、何やら厳粛な気持ちを覚えると共に、少しだけ先に生まれ出ただけの人間の同胞として愛情のようなものまで感じてきます。同時に、今が真っ白な状態で、すべてはこれから・・・という赤ちゃんに少しの羨望も感じたりもします。

泣き声にも言語の影響がある・・・つまり、それぞれの言語上での泣き声があるのだという事実。いったいそういった違いを生じさせる感覚というのは、受精してからどれぐらいの時間の後に備わっていくものなのだろう。どんなに小さくても、すでに「人として生きている」胎内の生命、そして毎日どこかで起きているはずの誕生の産声という奇跡に驚異と愛情を憶えます。

赤ちゃんがそれぞれ胎内で聴いてきた言語のイントネーションで泣くのだとすれば、もっと突きつめれば、赤ちゃんの泣く声はそれぞれの家庭で発せられている言語や醸されている文化を表現してもいるということにもなりますよね。赤ちゃんより少しだけ先にこの世界に生まれ出ただけの者として、自分がふだんどんな言葉を発しどんな感情や考えを周囲に発信しているのか…? 考えさせられますね。

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ラベル:胎内記憶
posted by フランキン at 14:08| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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