2009年10月03日

幻の東京オリンピック

 東京都が挑戦した2度目のオリンピック開催都市招致。もし東京で五輪が開かれることになったら、僕らがいる伊豆からも気軽に行くことができる距離。ちょっと楽しみにしていました。残念ながら落選もうやだ〜(悲しい顔)となってしまったようです。招致PR合戦そのものがもうオリンピックの競技のひとつみたいな気もしてきました。メダルの獲得も兼ねていたらさらに盛り上がりそうですよね。
 人類(おおげさか^^)の中で生涯のうちどれほどの人たちがオリンピックを生で見ることができるのか?たぶんわずかな数なんでしようね。そう考えれば、冬季・夏季とそれぞれ一度ずつ既に開催された日本の都市が落選し、まだ一度も開催されたことのない、例えば南米リオデジャネイロで開かれるということになっても、それはそれで納得いくというか、「良かったね」といえるような気がします。残念ではありますけれどね。

 感じたことをひとつ挙げると、日本の五輪選手たちが、世界中のアスリート達がオリンピックの競技で競い合う姿を日本の子供達に見せたいと、本当に強く願っていたように感じたことです。

 64年の東京オリンピックの時からでしょうか、「参加することに意義がある」という言葉が生まれました。確かに参加することにはきっと大きな意義があったのだと思います。一度オリンピックの舞台に立ち力の限り自分の技と力を出し切って競技に参加するという経験は、それぞれの選手たちにとって多分忘れられない経験であると共に、他では絶対にないであろう高揚感と一体感と喜びをもたらすものなのかもしれませんね。オリンピック経験者だからこそ、未来を担う子供たちの目の前に、オリンピックを持ってきてあげたかったのではないでしようか。

 時代とともに、オリンピックも変わり、きっとかつて東京で行われたものとも、札幌で行われたものともいろいろな意味で違ってきていることもあるのでしょうが、やっぱりオリンピックは何か地球全体を感じさせてくれる数少ない一大イベントのひとつです。どこで開催されることに決まろうとも、またそれが地球の自転の関係で夜中に中継を見る羽目になっても、存分に楽しめたらいいなと、今日2009年の10月に、2016年のオリンピックに想いをはせることにします。お休みなさい。
posted by フランキン at 02:45| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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