2009年09月29日

何もなかったかのような気持ちでいようとする。

さっきふと目に留まったニュース。
「麻酔で眠るように…猫の処分に「安楽死」装置」
秋田県動物管理センターでは、引き取った飼い猫を麻酔によって処分する「スリーピングボックス」を導入することになったのだという。

16年いっしょだった僕の親友の黒ネコのドン氏は、今年の春を待たずに逝ってしまった。今でも、もっとちゃんとケアしてあげられたんじゃないだろうか…?などと、振り返ってしまうことがあります。

親愛なるドン氏…

ドン氏のように、人間と一緒に住んだネコもいれば、そうでないネコもたくさんいるわけで、人間の快適さが一番重視されるこの世の中では、
こうやって「人知れず」命を絶たれていく生き物も多いんだと思う。

感情的になって、こういう仕組みや取り組みを批判したりすることは簡単だけど現実は現実として厳然とあるわけで、たぶん現場で働いている人がいちばん辛い気持ちでいると思う。「出来れば使いたくない」…というのは本当の気持ちなのでしょうね。

でも、ひとつだけ言いたいのは…
どういう理由であれ、生き物の命を人間の都合で奪うのだとしたら、
その「死」にまっすぐに向き合うべきなのではないかな…ということ。

いつも使われる言葉…「処分」「処理」

できれば見たくない…聴きたくない…知りたくない…
直接であれ間接であれ、自分たちが手を下しているということから目を背け、耳をふさぎ、何もなかったかのような気持ちでいようとする。
実際に生き物たちが経験しているのは、「殺される」ということなのだから…
なのに「処分」とか「処理」とか…焦点をぼかした言葉ばかり。

もちろん、いたずらに感情論的で短絡的に動物愛護を振りかざすつもりはないです。でもこんなオブラードがまかり通っているかぎり、こういうことはなくならないんだきっと。イルカさんの歌が聴きたくなってきた。
「いつか冷たい雨が」


生きるために動物に手をかけるというのとを最近考えたばかりだった。
サーチ(調べる)「山は半分殺してちょうどいい」


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posted by フランキン at 12:32| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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