2009年09月13日

「戦場のメロディ〜108人の日本人兵士の命を救った奇跡の歌〜」

友人がが制作陣に加わっている「戦場のメロディ 〜108人の日本人兵士の命を救った奇跡の歌〜」というテレビドラマを昨夜見ました。ちょっと落ち着いてきたので少し書き残しておこうかな。

昭和27年…終戦後すでに7年が経過し、大多数の日本人が戦後復興の中に新たな道を積極的に歩みはじめている時期、戦地となったフィリピンのモンテンルパ刑務所には、必ずしも公正とはいえない裁判によって判決を受け死刑を待つだけの日本人が、なんと100人以上も戦犯として囚われたままであった…このドラマを通して僕は初めてそれを知りました。

昭和26年(1951年)のサンフランシスコ講和条約の調印も経て、国家としての戦争は「正式」には終わっていたとしても、身に憶えのない罪で処刑を待つ108人の日本人、そしてその帰りを待つ家族にとり戦争は本当の意味では終わっていなかった。このドラマが戦後に起きた出来事を辿っているにもかかわらず、「戦場の…」というタイトルが付されているところに僕は強いメッセージを感じます。

それは囚われた日本人たちだけではなく、戦争によって多くの家族の命を奪われたおそらくフィリピンの人々にとっても、同じだったといえるのかもしれません。死刑執行を命ずるキリノ大統領の冷徹さには個人を責め切ることの出来ないやはり戦争の影を感じます。

祖国も彼らを見捨て、外交による解放の可能性はゼロに等しい中、彼らの命を救ったのは獄中で生まれたひとつのメロディ…そして、その場に踏みとどまり自分自身を注ぎだし尽くして彼らを救おうとする人々の
必死の想いでした。


「あゝモンテンルパの夜は更けて」

時を経て聴いたこのメロディと歌詞から感じたのは、その歌を生んだ人々から滲んだ悲しみと、美しい声でそれを歌う渡辺はま子さんから発せられる「なんとかしたい」という必死さでした。

時代背景をあのように分かりやすく理解しながら物語を追えたのは、今もあの時の記憶を抱えて生きている生存者たちのインタビューも交えた丁寧なドキュメンタリー的アプローチの挿入と、
実在した人々の「必死」さをなんとか伝えようと濃厚な演技を見せてくれた、円熟した役者さんたちあってのことだと思います。映画では多分成し得なかったであろう、テレビの良さが非常に生かされた見るべき番組を見れたという満足を久しぶりに覚えました。

もう57年が経とうとしている出来事…隠されてきたわけではないにしても、はじめてこの事実を知る人は、僕も同じですがきっと多いはず。世の中はますますスピードを上げながら疾走していて、大切な記憶の多くはこれからも次々に忘れ去られていくことだと思います。

過去は辛うじて「歴史」という言葉に体よく収束され、生身の「記憶」ではなく無味乾燥な「知識」に置き換えられていく。その時々に命をもち生きていた人たちがいたことさえ彼方に忘れ去ってしまう。

だからこそ、この「戦場のメロディ」のように必死の思いでそれを掘り起こそうという作品があって欲しいと思います。過去の記憶を宿す人たちの語ることに、一歩も二歩も前に進んで耳を傾け、そのものを体験した人たちの想いを自分のこととして汲み取ろうとする時、その時はじめて、政治や外交、国々のメンツや利害などではなく「現実」に基づいた判断をすることができるのかもしれない…

つくづく考えさせられる時間となりました。
ありがとう。。。

posted by フランキン at 09:04| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | あの映画見た?この本読んだ? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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