2019年03月30日

白石冬美さんの声の記憶

夜更けにラジオから聴こえてくる声に気持ちを楽にさせられたことって、経験したことのある人は決して少なくないと思ってる。

少年の頃の一時期に毎週金曜日の深夜に聴いていたTBSラジオのパックインミュージックのパーソナリティ、ナッチャンチャコチャンこと野沢那智さん&白石冬美さんのトークは、僕にそんな意味を持っていた。

大人の日常がそうなのと変わらず、年端のいかない少年少女にだってそれなりにいろいろある。いろいろある中で自分が昨日と同じく今日だってそしてできれば明日だって元気で楽しくいられたらどんなにいいか・・・なんてことは分かっているのだけど、ときどき乗り越えなきゃいけない気持ちを持て余したり、しばらくのあいだ自分を誤魔化したり見直してみたり、そんなことが必要な夜だっていくつもあった。


(シェアした1971年の「金曜パック」OnAir音源はあまりに貴重!ふたりのトークはもちろん流れる音楽にもCMに至るまで、あまりに宝モノ過ぎる!)

ラジオから聴こえてくる声というのは、聴いている大勢に向けてのものであるのは分かってるのだけれど、深夜に生放送のラジオトークを聴いていると、それでも「わたし」に向けて語り掛けられているように思えていたから今振り返ってみると不思議だ。語られた話題にしろかけられた音楽にしろ、それは「わたし」とスタジオでいま喋っているふたりとの共有であって、それをハブとして繋がっていた同じ楽しみを分かり合える誰だか知らないけど多分直接会ったなら友達になれたかもしれない彼ら彼女らとの交友そのものだったのだと思う。

アラン・ドロンの声の吹き替えでも知られていたナッチャンこと野沢那智さんが9年ほど前に亡くなって、そして今日はチャコチャンこと白石冬美さんが亡くなったというニュースが入ってきた。

彼女の声からのイメージは人によりいろいろかもですが、僕の場合はアメリカのTVドラマ《funny face》邦題「すてきなサンディー」の明るくキュートなサンディ・ダンカンでした。



ずいぶん救われた気がする・・・白石冬美さんの声には。。。

天国でナッチャンと再会して「金曜パック」、また始めていて欲しいな・・・どうぞ安らかに。。。
posted by フランキン at 18:16| 静岡 ☀| Comment(0) | あの映画見た?この本読んだ? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

愚かさも汚さも悲しさや辛さも嬉しさや幸せと同じように歌って語れる人

公私において70年代のピカレスクなキャラそのものを地でいっていたようにも感じていたショーケンが亡くなったなんていう、ちょっとショックなニュースが飛び込んできました。

今や過ぎて行こうとする平成の時代って、音楽にしても演劇にしてもどことなくキレイに誰も傷つけず傷つけられず、人の生き様には現につきものの筈のネガティヴさを過度に敬遠しながら造られ表現されることが多かったように僕には思えて、健全であることばかりが使命であるかのようにもてはやされているような違和感をいつも否めずにいました。

恋愛や友情、家族や親子の関係などのプライベートな側面も含めて、社会で生きていくさい時に直面する自分自身の愚かさや避けられずに招いてしまった失敗や汚れ、オマケのように付いてくる悲しみや辛さや困った結果などは、必ずしもすべてが嫌忌すべきものとは限らないし、ましてや誰かを傷付けないことを意識するあまり、それらがまるで存在しないかのように注意深く目を背けながら自他の健全な面やキレイな面ばかりを殊更に重視して触れていくのが表現の決まりごとになってしまっているようで、其処にこそ逆に病いを感じてしまうのです。

ショーケンこと萩原健一さんが演じた映像の中の人物像は、いつだってとてもストレートに人間の愚かさや弱さや汚さを隠さずに見せてくれていたように思います。「傷だらけの天使」のOPでは新聞紙を襟首に挟んで前掛けがわりにし、コンビーフやトマトにかぶり付きながら前歯でフタを開けた牛乳瓶からがぶ飲みし、「太陽にほえろ」で演じた速水刑事(マカロニ)は、独り公園で立ち小便の後の振り返りざまを暴漢にナイフで刺され呆気なく死亡する・・・キレイでも健全でも何でもないのだけれど、でも其処には生身で生きていく者の逞しさやしぶとさ、それから正直さみたいなものを感じるのです。



だから今夜は僕にとって、ピカレスクというワードは=ショーケンです。

バブルの崩壊と共に始まり、幾つもの病的事件や頻発する大災害に見舞われつづけ、誰もがこれ以上傷付かない傷付けないまま何とかして時代を乗り切ろうとしているようにも僕には思える平成が今や過ぎ去ろうとしています。

ショーケンがいなくなったという事実が、オイ、もっと正直に生きろよと、何だか顎で促されたような感触で僕の想いに沁みてきます。人間にはバランスが必要だなと思う・・・もう少し自分を鍛えないとな、愚かさも汚さも悲しさや辛さも、嬉しさや幸せと同じように歌ったり語ったり、それって昭和から平成を経て、これから先へと進みながら生きていく誰にとっても、取り戻すべき大事なバランスなんじゃないのかな?

あ、これって、かつての歌謡曲が持っていた特性と通じる感覚ですね。歌は世に連れ世は歌に連れ、酸いも甘いもどれだって全部自分自身。

ショーケン、やすらかに。。。
posted by フランキン at 16:52| 静岡 ☀| Comment(0) | あの映画見た?この本読んだ? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする