2013年09月27日

ミス日本グランプリ2013年鈴木恵梨佳さんを迎えて

日付がもう過ぎてしまったけど、昨日のラジオでは、ネロリと一緒にミス日本2013年グランプリ受賞の鈴木恵梨佳さんと30分ほど話をしました。言葉を交わしながら感じたのは、時に人はじつに濃密で意味深く、その後の人生の歩みや生き方を大きく左右する貴重な時期をごく短時間の内に経験することがあるのだということです。恵梨佳さんご自身も言っていましたが、さまざまなトレーニングを伴い半年間にも及んだミス日本コンテストの選考期間中の経験の数々は、その直前までの恵梨佳さんを一気に、しかも振り返りながら本人も実感するほどに実質を伴い、彼女を人として女性としてさらに昇華させる時間となったことは間違いありません。

自分としっかりと向き合う・・・ということ、それは鏡に映った自分の姿を見つめるのに似ています。ところが人は、鏡に映った自分のありさまを其処から離れるとすぐに、そして比較的かんたんに忘れてしまいがちなものです。でも、鏡の前にしっかりと留まり自分自身を徹底的に見つめながら、集中力を焦点をしっかりと自分自身にポイントし、自分自身についていつでもYes!と健やかに肯定してあげられる状態を創り上げそれを保つということ・・・彼女にとり、ミス日本コンテスト選考期間が持つ意味深さは、きっとそのような力のあるものだったに違いない・・・どんな角度から話題に入っていっても少しも曖昧なところがなく、常にきちんと自分自身について明快にそして清々しく可愛らしく語ってくれた鈴木恵梨佳さんに、僕とネロリはとても素敵な女性の存在を感じました。

世の中には女性と男性というふたつの性(生でもある)があり、人がジェンダー(gender)についてどのような考えを抱いているかに関わらず、その異なったさまは誰もの内に自明のことといえます。自らの女性を徹底的に見つめる時間を経てフィジカルな面もメンタルな面も成長させ自信をもって今から先を歩もうとしている鈴木恵梨佳さんの話に耳を傾けながら僕は、女性が女性らしくあるということが、ひいては男性がより男性らしくあることを促す働きかけとなり、男性が男性らしくあるということはやはり女性が女性らしくあることへとつながっていくように思いました。いい時間を過ごせました・・・ありがとう。

曲はNeeds his woman=E・・1998年に発表されたEric ClaptonのアルバムPilgrim≠フ中からの一曲で、アコースティックなサウンドにECの深みのあるヴォーカルと男性の中の息づくアダムを感じさせる大人の一曲です。深夜に響かせてみるのにはちょうどいい。
posted by フランキン at 01:54| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 茶色の小瓶と碧の地球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月26日

9/26の「茶色の小瓶と碧の地球」は、ミス日本鈴木恵梨佳さんがゲスト!

ひらめき放送予告記事は放送終了までブログのトップに位置します。リアルタイムの記事はこの投稿の次からになります。

いつのまにか蝉の声もすっかり絶えて、
窓の外には数を増やした赤トンボ
秋の吹き流しの風景の中、
ススキの穂先よりも少しし高いところを
カクカクスイスイ飛んでいます。

夏の湿気と火照りから解かれて余裕を取り戻した五感が、
ひんやりとした朝と夜の空気に触れて感度を増し、
ささやかな欲求をひとつふたつと増していきます。
その感覚に唆されて、
食欲の秋、読書の秋、芸術の秋、スポーツの秋・・・
今あなたに訪れている秋は、
果たして何の秋?・・・でしょうか。

人間の五感はひとつの刺激に対してそのすべてが共に働き、
その時々の経験を豊かに創りだしているのだと思います。
ひとつの感覚、例えば嗅覚が何かを受け取る時、
私たちは、聴覚、視覚、味覚、触覚、プラスα・・・
そのすべてを総動員し云わば全霊をもって
その経験を受け入れています。
ひとつの感覚の価値に注意を向けるということ・・・
それは自分という存在、
そしてふれあう人すべての価値を受け入れ、
愛することへとつながります。

JAA感謝祭 いやしの祭典 2013 〜アロマの未来〜
9月28日(土)に開催される
JAA感謝祭
いやしの祭典 2013
〜アロマの未来〜


アロマの新しい可能性を考えながら、
人、自然、世界とのつながりを感じ取る素晴らしい機会・・・
その詳細はこちらのページから。
http://www.jaa-aroma.or.jp/event/

さて、このイベントを間近に控えた9月26日(木)
ノアノアがお贈りするのは、
毎月第4木曜日にお贈りすることになっている、
茶色の小瓶と碧の地球
JAA日本アロマコーディネーター協会提供で、自然とアロマ、
そして地球を感じるトークと音楽でお贈りしている
月に一度のコーナーです。

今回のゲストは、
栄えあるミス日本コンテストグランプリ2013に輝いた
鈴木恵梨佳さんです!

ミス日本グランプリ2013 鈴木恵梨佳さん

鈴木恵梨佳さんは、
「いやしの祭典 2013」のプログラムの
最高潮として披露される、
花と香るアロマWeddingの公開ステージで、
ウェディングモデルとして登場します。

9月26日(木)の「茶色の小瓶と碧の地球」ではこのイベントに先立ち、、
ミス日本グランプリ2013受賞の鈴木恵梨佳さんに、
スタジオから電話をつなぎ、お話をお聴きします。

番組参加のTeitterハッシュタグは #noa2
お時間の許す方は是非〜!

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2013年09月20日

iPhoneをケースから解き放って

今や既に古いモデルになってしまったわけだけど、iPhone4sを愛用しています。背面のブラックピアノ仕上げに鏡面シルバーのAppleロゴがお気に入りだというのもその理由のひとつです。4sに機種変更したばかりの頃にはiPhone用のケースに入れて後生大事に扱ってきたのだけれど、何でこんなに美しい仕上げの本体に決して安くもないカヴァーをかけて見えなくしてしまうのか不思議に思っていたところ、ハリウッド映画の中に出てくる劇中のiPhoneユーザーの登場人物たちが誰一人として自分のiPhoneをケースに入れていないのに気が付いて、なんだかそっちの方が自分が使うモノとの関係に於いてしっくりくるように思えてきて、それからは自分のiPhone4sをケースから取り出して、あのお気に入りの背面ブラックピアノ仕上げ&シルバー鏡面Appleロゴに触れる感触を直に味わいながら愛用しています。

依然としてiPhone4sを愛用中!

もちろんムキ出しのままの使用ですから多少の傷は避けられませんが、iPhoneのそれぞれのモデルの仕上げというのは、多分じかに手で触るこのフィット感やサイズの絶妙さも含んでのこと・・・そんな気持ちでそちらのほうの満足感の方が僕には強いようです。iPhone5s&5cが本日発売開始ということでちょっと心惹かれるのも正直否めませんが、iPhone5よりもアイコン列1つ分縦寸法が小さく、なおかつ真っ黒でピッカピカなピアノ仕上げに銀色が輝く愛用中の4sモデルは手放し難く、今しばらくはムキ出しのままのiPhone4sの感触をポケットに持ち歩くことになりそうです。

ところで今朝がたiOS7へとアップデートしてみたところ、なんとデザイン&インターフェースがガラリと一新されて、古い機種ながらすっかり様変わりした使用感に、新しいiPhoneを手にしたような楽しさを感じてちょっとワクワクしてしまいました。・・・でも、いつまでつづくかな?(笑)
ラベル:iPhone iPhone5S
posted by フランキン at 17:25| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「津田令子の旅の香り」2013年9月19日 放送後記

「津田令子の旅の香り」9月19日 放送後記

旅の香り

 年間を通して観光客の絶えない乗鞍高原。その最も高い場所にある休暇村乗鞍高原。そこで働く高橋耕さんに、乗鞍の魅力についてお話しいただきました。

 休暇村乗鞍高原は標高1600メートル地点にあり、年に5万人もの観光客が宿泊しています。長野県松本市にあり、北アルプスの南部東側に位置する高原です。また中部山岳国立公園内にあり、温泉が複数湧出するなど豊かな自然に恵まれています。

 夏の避暑、夏から秋にかけての登山、冬のスキーやスノシューもよいけれど、秋の紅葉はとくにすすめです。赤、黄、オレンジに色づく木々の中にすでに枯れ色になりはじめた葉や色づくことを知らない枝枝が交じり、山々はパッチワークを広げたみたいに綺麗です。

「自然と人とのつなぎ役が休暇村乗鞍高原の使命のひとつです」と高橋さんは、おっしゃいます。普段都会の喧騒の中で働いている人たちを、少しでも自然に近づけ、本来の人間のあるべき姿に戻してくれるのが、乗鞍高原ということになるのでしょう。乗鞍高原の強みは『自然と共生できる』ことです。日ごろ自然に接していない人たちに、山に来て、温泉に入って、緑を愛で、花をみて、自然に近づけるのが最大の魅力です。

 一時、観光振興のためにやたらと「ハコモノ」を造ることが、流行しました。その動きは今もなくなったわけではありません。しかし、人間にとって最も重要なのは自然である、ということを再認識させてくれるのが、乗鞍高原なのです。

 10月の「旅の香り」は、今、東京で人気の水陸両用バス「スカイダック」の広報を行っていらっしゃる日の丸自動車興業の内田貴子さんをスタジオに招いて、「わくわくドキドキ」感たっぷりの「スカイダック」や、屋根のないバス「スカイバス」さらに、乗り降り自由の「スカイホップバス」の魅力に迫り、訪日外客人を意識した『東京の観光』について語ります。
ぜひ、お聴きくださいね。
posted by フランキン at 00:00| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 津田令子の「旅の香り」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月19日

中秋の名月・・・富戸の海辺にて

何処かに沈んだ陽の光の名残りを暮れていく空の色に感じながら伊豆の海沿いの道を走る・・・富戸の港あたりで車を停めて見つめた真ん丸の月・・・水平線の上にくっきりふんわりと姿を見せてくれた彼女は、海の水の上に金の煌めきをふりまきながら次第に高さを増し、この夜をしろしめす高みへとゆっくりと昇っていきました。
2013.9.19 中秋の名月 ←クリックすると拡大します。
posted by フランキン at 21:57| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Photoスケッチブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

9/19(木)のノアノア「津田令子の旅の香り」は乗鞍です!

だいぶ涼しくなってきました。
空に浮かぶ雲の形にも秋の気配が・・・
9月ですね。

旅の香り

さて、9月19日(木)のノアノアは
第3週目の木曜日・・・
トラベルキャスターの津田令子さんをお迎えしての、
津田令子の旅の香り、の生放送です。

今回の旅の香りが訪れるのは、
信州は乗鞍高原です。
以下は津田令子さんからの予告メッセージです。

9月19日のテーマは『地元の人が、おすすめする紅葉と地元の味』です。まだまだ日中は、夏の名残りを感じられますけれど、朝晩は、すっかり秋めいてきましたね。秋といえば、行楽のシーズン。夏休みの混雑を避け、満を持して「旅」に出る方も多いのでは。
 
南北に長い日本列島ではすでに紅葉の、シーズンが始まっています。この秋の紅葉の傾向を交えて、『地元の人おすすめの紅葉』を紹介しながら、旅をします。その土地に欠かすことのできない「郷土の味(味覚)」も、一緒にお伝えいたします。秋は、紅葉に色づく山々、麦秋の田園、人の少なくなってきた海岸、ラベンダーに彩られる湖など、風情たっぷりです。

松本市街から乗鞍高原へ 乗鞍山麓に広がる、波田町のスイカ畑(ブランドスイカです)
休暇村乗鞍高原 信州名物松茸
休暇村乗鞍高原の夜の月 秋の気配麦秋
秋の気配麦秋

お電話に出ていただく方は、休暇村乗鞍高原(長野県)で
営業係長をなさっている高橋耕(こう)さんです。
お話しいただきますのは、
@乗鞍高原周辺の紅葉の特徴と現在の状況
☆乗鞍岳「畳平」へのエコーライン
☆善五郎の滝への遊歩道
☆一の瀬園地の紅葉
A温泉、秋の味覚、イベント
☆ゆっくり入れる個性あふれる4つの温泉
「乗鞍高原温泉」「すずらん温泉」「安曇乗鞍温泉」「わさび沢温泉」
☆休暇村乗鞍高原で食べられる信州の味
松茸 信州・飛騨牛の競演 
おやき
そば
りんご
☆乗鞍高原地酒フェスタ
11月9日〜11月17日

乗鞍高原の魅力をお話しいただきながら、熱海・湯河原・伊豆などの魅力にもスポットをあてられればと思っています。秋の旅の思い出や、秋に訪ねてみたい旅行先など、どんどんお便りお待ちしています。


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2013年09月17日

銀色の水音

音に色を感じるということ・・・太陽の光が川面にはじけて目を細めるような銀色を散らす今朝の水の色はまさに聴こえてくる清流の音そのものです。水の音というのは、果たしてどの瞬間に何処から生まれてくるのでしょう。よく知らないことにふと気づきました。
銀色の水音 ←クリックすると拡大します。
posted by フランキン at 08:44| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Photoスケッチブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

台風の後の清流とともに

狩野川に至る支流のひとつ・・・伊豆高原と伊豆長岡を行き来する時には色づく田んぼの風景と共に、この川の流れに付かず離れずの感じで走ります。昨日はミルクコーヒーのような色をしていた台風直後の川の水が、今朝はもうすっかり元の清流に戻っていました。大気だけでなく、川の水の中からも澱みが運び去られて、後に残るのは清らかな水そのものです。清、純、浄、透き通った感覚を表すのに、さしすせその音の響きが伴うのがとても自然に思えてくる朝の水のある風景でした。
台風が過ぎて、一晩で濁流が清流にもどった。 ←クリックして拡大
posted by フランキン at 08:19| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Photoスケッチブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

台風一過の朝

おはようございます。台風18号が大気中の澱みをすべて持ち去ってくれたようで、今朝は富士山の山肌がクッキリと綺麗に見えます。目を凝らせば登り下りする人の姿も見えてきそうなほど・・・まだ東よりの朝の太陽が空色に明るく拡散して思わず深呼吸したくなります。伊豆長岡は快晴、台風一過・・・何もかもがリセットされて透きとおった中伊豆の風景がひろがっています。
伊豆長岡から台風一過の朝の空と富士を望む
posted by フランキン at 06:00| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Photoスケッチブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月16日

夜の森を走り抜ける

嵐が過ぎたばかりの折れた木枝が散乱する天城の峠道を、森の樹々を透かして届く月の光をフロントグラスに受けながら走りました。カーブを曲がりながら、いつもは感じられない幾筋もの水の流れる音が聴こえてくる・・・通り過ぎたばかりの嵐が置いて行った風と水が森と融和する、その体内を走り抜けて行くような感覚・・・今夜も伊豆の森は生きていました。
posted by フランキン at 20:27| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月14日

秋の声に包囲された夜

大室山から伊豆高原の桜並木へと抜けていく道・・・暗くなっても遠目に海を感じさせながら、くねりくねりと曲がりながら下りていく坂道の両側にはお洒落なペンションやプチホテルが立ち並んでいて、細い道ながら時折路線バスともすれ違います。車のウィンドウを下ろして台風が近づく嵐の前日の空気を誘い込みながら走っていると、湿った空気といっしょに秋の虫たちの高周波の声の重なりが入り込んできて走っても走っても何処までも付いてきます。聴こえる・・・というよりも、聴覚を刺し通すようにして侵入し脳髄に直接ふれて共振させるような防ぎようのない一種の破壊力を伴った虫たちの合唱・・・今この瞬間、秋の虫たちは我々人間よりも数の上で明らかに勝っているということに気づかされます。やはりこの時季・・・人間は秋の虫たちにより包囲されています。シェアした曲はアフガニスタンにルーツを持つアーティスト、Omar AkramSeven Secretsです。季節ごとに明かされる秘密に気づくようにしてその時々に人の置かれたありさまを思い描いてみる・・・耳を澄ませば、目を閉じ再び見開いたなら遠くを見つめてみる・・・誰にでも感じ取れる物語がそこにあります。
posted by フランキン at 19:37| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月10日

再生する花束

伊豆長岡から伊豆高原への帰途、やがては狩野川へと至る細い支流に沿ってつづく県道12号は八幡東(はつまひがし)のT字交差点を冷川方面へと過ぎた辺り、川と道の間に挟まれた歪な田んぼの連なりを左に、草木の生い茂る山肌を右手にしながらしばらくつづく直線に近い道筋の一点に僕はいつも目を惹かれます。足を止めたくなるようなものなど何もないこんな場所に、小さく活けられた花束が絶えるのを、僕は見たことがありません。雨や風に晒されて散らされ倒れても、またいつの間にか花が新たにされている・・・その再生を目にする度に、家族なのかはたまた恋人なのかなど僕は知る由もないのだけれど、この場所で命を落とした誰かが、此処に花を活け続けている人にとってどれだけ大切な人であったのか・・・通る度にひしと感じさせられます。

誰かの生を憶えているということ・・・それは記憶の中の今はもういない人の今≠ノとり、何かしらの意味を持ち得るのでしょうか。ふと思い出されるのが、既にいなくなった自分を憶えてくれている人がひとりでも生きている限り、そこに留まり平和に暮らすことが出来るという終わりの街≠フ様子を描いたケヴィン・ブロックマイヤーの「終わりの街の終わり」という物語でした。ストーリーを読みながら、僕は自分が此処にいるということの特異さと不思議さに突然気づかされたような気持ちになったものです。

シェアした曲は、1983年2月にこの世を突然去ってしまったカレン・カーペンターが、カーペンターズとして生涯最後にレコーディングしたという、そして惜しまれたその死の直後に発表されたヴォイス・オブ・ザ・ハートというアルバムの一曲目に収められているNow=@です。

今を、そして今を共にする人を大切にしよう・・・互いをしっかりと記憶に刻み、形を心に留めながら日々を生きよう・・・通る度に目にする再生する花束≠目にしながら、僕はいつもそう感じさせられます。あの道筋に花を活け続けている人の中には、大切だったはずの誰かがきっと今も昔のままの姿をもって生きているのかもしれません。記憶というのは、過ぎてしまったその日々がどれだけ遠いかに関わらず、それを自分の内に留めている人の生き方に今も働きかけてくる・・・誰かのことを悼むということは、きっと今はもういないその人の生の輝きを自分を通してこの世界に辛うじて留めることなのかもしれません。

伊豆高原は曇り空、そしてすっかり秋めいてひんやりと涼しい一日となりました。今夜もまたあの道筋を通ります。夜の暗がりの中で、数日前にまた新たにされたばかりの真紅の花が風にゆれているはずです。



Now,  Carpenters

Now when it rains, I don't feel cold.
Now that I have your hand to hold,
The winds might blow through me
but I don't care.
There's no harm in thunder if you are there.

And now,
now when we touch, my feelings fly.
Now when I'm smiling, I know why.
You light up my world like the morning sun.
You're so deep within me, we're almost one.

And now all the fears that I had start to fade.
I was always afraid love might forget me,
love might let me down.
Then look who I found.

The winds might blow through me
but I don't care.
There's no harm in thunder if you are there.

And now, now,
now when I wake, there's someone home.
I'll never face the nights alone.
You gave me the courage I need to win,
to open my heart and to let you in.
And I never really knew how, until now,

Until now.

No, I never really knew how,
until now
posted by フランキン at 15:58| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年09月08日

世界の中の距離と広さ

深夜の覚え書きです。少し前のことだけど、日系ブラジル人3世の女性旅行客二人に、新幹線やJR等々、電車の乗り継ぎ時刻と方法について案内する機会がありました。一人は60代、もう一人は明らかに既に70代と思われるその二人は、カタコトなのだけどきちんと意味が通じる日本語に流暢な英語とポルトガル語が混ざった言葉を駆使し、それに対してどちらの言葉にも疎い僕はもっぱらゆっくりと手振り身振りを交えた日本語でのやり取りでした。僕と全く変わらない日本人の顔を持ちながら、太平洋を越えていま目の前で異国の音声を発する二人に接しつつ、僕は戦前にあちらに移り住み動乱の時期を経験しながら世代を重ねた日系ブラジル移民の人々のことを殆ど知らない自分自身に気付き、目の前に立つ歳を経た二人の女性に対し、ごく自然な感覚として敬意が湧いてくるのを感じたのでした。

彼女たちが希望する電車のダイヤについて説明しながら、その翌日一日の行程が、伊豆から九州、そしてその日中にターンして瀬戸内の街にまで及んでいることを知り、およそ1500キロにも達する旅程を平然と一日の内に予定する60代70代の女性たちに接しながら、多分二人は日本製日本人の僕とは全く異なる距離感覚、言い換えれば世界の広さ狭さについての感覚を抱いており、きっとそれに伴って世界の見え方もずいぶん違うのだろうな〜とつくずく思ったものです。

なぜこの日系ブラジル移民の女性二人のことを思い出したのかと言うと、実はオリンピックの招致合戦についての報道がここ数日のうちにますます過熱する中、日本の東京五輪招致実現に影を落とす≠ニマスコミ上で懸念されている(この時点でこの問題について結ばれている焦点にズレを感じる)福島の原発汚染水問題について、東京がその問題の現場から相当な遠隔地に位置する都市であることを示そうとして提示された250キロという数字を目にしたからでした。ニュースの映像の中でこの数字が安全の根拠であるかのように語られた時に僕が感じたのは、日本の人々というのは(もちろん自分も含め)自らの主観を確定する要素について、何とも自己本位な自信を持ち易い人間たちなのだな〜ということです。

あの日系ブラジル移民の女性二人は、250キロという距離を、果たして遠い・・・と感じるだろうか? それとも近い・・・と感じるだろうか? 世界にはひとつの物事についても実にたくさんの感覚と異なる受け止め方、多種多様な理解の仕方があるのだと、今しみじみ思います。

発生中の問題を日本は完全にコントロールしており、被害などは絶対に起きない・・・東京は世界一安全な都市。

オリンピック東京招致のプレゼンテーションの模様を伝えるニュース映像を見るにつけ、個人的には、オリンピックが東京で開催されるという出来事を僕も体験してみたいともちろん思いながらも、その実現はすべてに優先する大義であり、その成就を切望するあまり、現実に起きている未解決の問題の重大さから心がますます逸らされ、小さく小さく見つめようとする方向へと誘導されているような気がして、過熱する盛り上がりの中に、真に迫った割り切れなさを今夜は同時に感じてしまう夜なのでした。さて、訪れる朝はどんな朝になるのでしょうね。
posted by フランキン at 03:02| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする