彼はいつも海を見つめるかのようにむこうを向いてて枝にとまり、僕はその少し後ろにあるこの窓辺で目を上げては彼の背中を見つめることになるのだけど、いつでも必ず海の方を向いてじっとしている様子に、同じ風景を前にした以心伝心のようなものをなんとなく感じて、その鳥のことがやけに近しい存在のように思えてくるのです。
「お前と僕との間に、どんなの関わりがあるっていうんだ?」・・・そんな問いかけが自然と口を突いて出てきます。
自分の視野の中に入ってくるもの・・・そして其処に定着して繰り返されるもの・・・何もかもが「たまたま」に過ぎないのだけれど、其処に何もつながりや意味がないと言い切ってしまうのも、なんとなく寂しい、貧しいことのように感じるのです。少なくとも、あの鳥と僕は同じこの伊豆の海を時間を忘れて見つめることについては、経験として伝え合える同じものを持っているように思える・・・そんな気がしてきます。
自分の視界の中に入ってくるものとのすべての関わりを、通りすぎていくのに任せるだけでなく、思いつくままにつなげて考えてみること、それだけで、人は豊かになれる気がします。今日はそんな日曜日かもしれません。雲がかかって感じられた昼前にあの鳥の姿を再び目にしてから、正午を三十分経過、日差しが明るくて暖かな午後になってからは、もうあの鳥の姿を見ていません。