2013年02月28日

2月28日(木)のノアノアは「茶色の小瓶と碧の地球」春を感じる素敵なゲスト!

河津桜の開花の知らせを聞いてもう数日たちます。
相変わらず冬の冷たい空気に晒される日が多いのだけど、
雲が晴れ、空が青く、光があふれて感じられる日には、
すぐそこまで来ているかわいいのぬくもりを肌が捉えて
身体も気持ちもほぐれてきます。

伊豆半島が春に舞う・・・
そんな日ももうそれほど先のことではありません。

さて、ノアノアとい番組タイトル。
タヒチの人々が季節ごとの空気の変化の中に、
草や樹、大地や雨の匂いを感じとり、
それをノアノアという言葉によって表したのだとか・・・
(リスナーさんから教えていただいてこのタイトルに決めました^^)

そのノアノアの第4木曜日にお贈りすることになっているのが、
茶色の小瓶と碧の地球
JAA日本アロマコーディネーター協会提供で、自然とアロマ、
そして地球を感じるトークと音楽でお贈りしている
月に一度のコーナーです。

さて・・・

茶色の小瓶と碧の地球

今週2月28日(木)の午後2時からの
「茶色の小瓶と碧の地球」は、JAAのスタッフとして、
JAA指定校アロマコーディネータースクールの
主に講座開発に携わってきた松丸 誠さん。
そしてもうおひとり・・・
きゃら香房株式会社 代表の
川上智子さん。
香りを暮らしの友として生きる達人!
といっても良いおふたりです!

posted by フランキン at 13:50| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 茶色の小瓶と碧の地球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「茶色の小瓶と碧の地球」リスナープレゼント!

明日2月28日(木)のノアノアは、
JAA日本アロマコーディネーター協会の提供でお贈りする
茶色の小瓶と碧の地球のコーナーがメイン。
そしてふたりの素敵なゲストをお迎えします。
詳しくはサーチ(調べる)こちらの予告ブログ記事からご覧くださいね。

茶色の小瓶と碧の地球

さて、今回の「茶色の小瓶と碧の地球」でも、
JAA法人会員の企業からのリスナープレゼントがあります!
今週は、長年にわたりインドのハーブを
本格的に自家農場と契約農場で栽培し、
GMPを取得したインドの自社工場で原材料として製造、
インド、日本、アメリカにある自社の商社を通じて
世界中へ原材料を提供してきた
アユルベーダ・インク株式会社からのプレゼントです!

アーユルベーダ・サプリメント「トゥーラ」tula

今回は5,000年の歴史をもつインド伝承医学アーユルヴェーダの考えをもとに
原材料はインドから輸入し、日本国内GMP認定工場にて製造された
アーユルベーダ・サプリメント「トゥーラ」tula の5種類のサプリメントのうち、
デトックス系ハーブサプリメントDEEPANAM(ディーパナム)のボトル(1か月分)
抽選で5名の方にプレゼント!

ただし、賞味期限が4月30日までの商品となりますのでご了承ください。
次の製造ロットは、全商品3月末に出来上がる予定です。

茶色の小瓶と碧の地球・・・番組でのトーク&音楽に加え、
JAA法人会員から提供される極上の健やかアイテムも、
ぜひゲットしていただければと思います!
応募の方法は、28日放送の番組内、及びCiao!のホームページから!
posted by フランキン at 12:59| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 茶色の小瓶と碧の地球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月27日

人形は顔が命

行く先々で雛人形の姿が見れる時季になりました。伊東市役所の大きな階段もいつの間にか華やかな雛段へと様変わりしていました。

伊東市役所の雛人形たちサーチ(調べる)クリックして大きくしながら見てね。

「人形は顔が命」・・・昔からすっかりお馴染みになっている人形メーカーのCMフレーズに誘われて彼ら彼女らの顔をよく見ようと人形たちの目線に分け入って近づいてみると、みな同じような顔に見えていた人形たち一人一人が、俄かに表情を湛え個性を持ったそれぞれの顔に思えてくるから面白いです。何となく、彼らを見ている側であるはずの僕ら人間の社会のありさまを切り取られて其処に演じられているように思えたり、確定申告の時季でもあり、あくせくと役所を訪れ自分たちの前を行き来する人間たちの様子が観戦≠ウれているような逆転の風景にも思えてきたりもします。

人形たちの表情や佇まいに何を感じるのかは人それぞれですが、市役所の階段をスタジアムに変え勢揃いして人の世を見つめる人形たち・・・彼らの間でが交わされる話し声は、近づいてよぉ〜く耳を澄ませば聴こえてくるかもしれませんよ。^^ 僕らにとっては意外と耳の痛い≠アとを話していたり・・・そんなこともありそうです。
posted by フランキン at 18:31| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Photoスケッチブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月25日

カシリが輝く夜

少し前に読んだバルガス・リョサの「密林の語り部」という小説の中に、月のことが書かれていました。アマゾンの密林に住むマチゲンカ族には、人と自然の関わりや結びつきについて語られる幾つもの物語があり、彼らはそれを文字でも絵でもなく、口から口へ・・・語り伝えることにより今に遺してきたのだといいます。

密林に点在して生きるマチゲンカ族の集落を廻り、固唾をのんで聞き入る人々を前にして何時間も物語り、そうやって古来からの精神性が保たれていく・・・そのストーリーに準じて文化が保たれ、彼らの化粧や衣服、習慣までもが特徴づけられていく・・・彼らとは異なり、物質と情報に恵まれている*lらは、余りに多くの事々に日々晒されているからなのか、物事をシンプルに考えることがなかなか難しくなってしまいました。だからいつも、今日ではなく、明日を、未来を危惧しなければいられません。でも、マチゲンカ族の観点からすれば、月や太陽や地を思いやること・・・それがそのまま自分たちの幸福につながる・・・たまにはそんなシンプルな物語を古来からの真実を含んだ風景の描写として捉えてみるのもいいことがもしれません。

マチゲンカ族の言い伝えによると、夜空に昇り、太陽よりも弱く柔らかな光を放つ月は、「カシリ」(この名の音の響き、僕も気に入りました)という名で呼ばれるのだそうです。太陽はカシリとマチゲンカ族の娘との間に出来た子供ではないのか?語り部は自分たちのルーツと大宇宙とをつなげて物語り、大自然と人間として生きている自分たちは不可分の関係にあるのだということを、ごく当たり前のこととして聴く人々の脳裏に種を撒くようにして伝え続けます。

月が完璧なまでに丸い形を成して光を放つような今夜のような夜には、どの土地に住む人々も古来からその月のありさまに誘われて何かしらの意思のようなものを感じてそれぞれに擬人化した物語をもっているものです。

伊豆高原から見つめる真ん丸の、そして輪郭がじつにくっきりとした今夜の月は、高さを増すにつれて周囲に漂う雲の輪郭までを冷たい光に焼き焦がすような力強さがあります。月を中心に光背のように広がりながら伊豆の海を照らす月光は、海そのものを月面に変容させます。高原の上から車で走り降りる時にウィンドウ越しに見る銀色の海原は、さながらこれから着陸を目指す月着陸船のコックピットからの光景のようにも思えてきます。

真ん丸のカシリが光を放つ今夜・・・何もかもが違って見える・・・感じられる・・・こんな夜は、ひとつの神話の様相であって、マジックなのだと感じます。皆様、今宵はぜひ月に目を向け、どうぞ素敵な夜を。。。
posted by フランキン at 19:00| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月22日

津田令子の旅の香り 2月21日放送後記

旅の香り

1、ふだん着の伊豆

南伊豆にかぎらず、伊豆には、大通りから一歩入ると小さな路(みち)が、たくさんある。海や山、川に畑、自然の形に沿いながらテンポよく歩くのに、うってつけなのである。そういう場所には、バスや車は、あんまり入って来ないから、子どもたちも、お年寄りは犬を連れて歩いても、のんびり安心なわけだ。見知らぬ観光客とすれ違っても、自然に挨拶できるのも小さい路だから。小さい路は、いいことだらけ。
漁村も、田んぼも、花咲く丘も、小さなホテルも、別荘地も、穏やかな自然に、うまくとけ込んでいる。
色彩のことなるいくつかのグループを束ね、キラキラ輝かせている。
さらに小さな路を歩いていたら曲がり角の向こうや、坂道の奥の方に、水平線が見えてきた。

2、伊豆人の誇り

旅人は、伊豆らしいふだん着の伊豆の風景を、求めてやってくる。
なのに、伊豆の人は、よそ行きの伊豆を提供したがっている。
もったいないなと思う。
誰もよそ行きの伊豆などもとめていないなに。
どこの観光地も、何もない何もないと、あわてている。
伊豆は、何でもある。
伊豆は、あわてる必要はないはずだ。
なんてったって伊豆には、他に負けない歴史というものがある。
伊豆に暮らす人は、あわてないで、じっくり腰をすえればいいのに。
伊豆の魅力を、はきちがえたりしないでほしい。

トラベルキャスター 津田令子
posted by フランキン at 23:31| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 津田令子の「旅の香り」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月21日

2/21の「津田玲子の旅の香り」は南伊豆!

旅の香り

今週の2月21日(木)のノアノアは
第3週目の木曜日・・・
トラベルキャスターの津田令子さんをお迎えしての、
津田令子の旅の香り、今年初めての生放送です。

今回は旅の香りとしては灯台下ともいえる伊豆、
それも伊豆半島は南の先の付近・・・
ズバリ!南伊豆を訪れます!

南伊豆はネロリとフランキンのお気に入りの場所で、
伊豆に移住してくる前もよく訪れていたところ・・・
温かな空気と光に恵まれた緑の風景、
海の蒼さと空の明るさのコントラストがじつに気持ちの好いところです!



電話を通してスタジオに声を届けてくれるのは、
休暇村南伊豆の営業課長、
秋山智美(トモミ)さん!
旅人を迎える仕事についている人たちは、
自らその風景や歴史を愛し、
語るべきものを幾つも持っているものです。
南伊豆
見どころ食べどころふれどころ・・・
秋山さんを通して、どんなことが伝えられるでしょうか!?

posted by フランキン at 08:37| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 津田令子の「旅の香り」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月13日

ケルトの音が再びノアノアに・・・Mareka & Junji、城田じゅんじさん!

春の兆しがあちこちに感じられるようになりました。
伊豆近辺では、寒さの緩みに気づいた植物たちは、
ひと足先に芽吹いて見せてくれたり花を咲かせてくれたり
これからしばらくの間は、
そんな風景の変化に気づくことが楽しみな時季になりますね。

さて、ノアノアです。

image-20121107191549.png

空気は目に見えない・・・
でもいろんなものを含んだり運んできたり・・・
空気の粒子を震わせて伝わる音の強弱、
高さや低さもそのひとつです。
奏でられた音に色を感じ、
耳と肌によって捉えられた音の感触は色を伴いはじめ、
音色を発して音楽として人の心に届きます。


今週のノアノアは、そんな心に響く音楽の中でも、
不思議な憧れと郷愁を覚えるケルトの音楽にスポットを当てます。

元ナターシャセブンのギタリストで、
アイリッシュギターの素晴らしい名手でもある
城田じゅんじさんと
フィドル奏者の内藤希花さんのアイリッシュデュオ、
Mareka & Junji

昨年11月の下田でのライヴにつづいて、
今度は3月23日に三島でライヴが開催されます!

Mareka & Junji 2013.3.23 三島Via701 サーチ(調べる)クリック!

ということで今週2月14日(木)のノアノアは、
急遽、城田じゅんじさんに電話をつなぎ、
リリースされたばかりのCD
MUSIC IN THE AIRからの曲を紹介しつつ、
普段はなかなか聴けないアイリッシュ・ミュージックの魅力について
城田じゅんじさんからたっぷりとお話しを伺います。

ケルト音楽・・・なんかすごく惹かれます。
番組参加のTeitterハッシュタグは #noa2
お時間の許す方は是非〜!

サーチ(調べる)番組はサイマル放送(インターネット)でも生放送されます。
サイマル放送の聴き方
サイマルラジオのサイトに行く
東海 → Ciao!熱海の放送を聴くをクリック
メディアプレーヤーが起動してお聴きいただけます。

サーチ(調べる)iPhoneユーザーは愛ポンでも聴けますよ♪ ←聴き方はこちら
お楽しみに〜るんるん次項有

ひらめきiPhoneユーザーにはこちらのアプリもお薦め

radio jp

ありがたいことに静岡の地域に、
エフエムCiao!が初めからプリセットされています。
お楽しみに〜!!
ラベル:Mareka & Junji
posted by フランキン at 09:33| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲスト&アーティスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月11日

太古の夢のカタチ、伊豆半島は城ケ崎の秘密のスフィア

太古の火山活動によって形成された伊豆半島の地形・・・車を降りて歩いてみると、地球の鼓動がそのままカタチとなって風景に表れている場所を幾つも見出せます。伊豆高原にあるネロリとフランキンの自宅(花らんぷ)から車で7分ほどで行くことができる、城ヶ崎の岩の海岸もそのひとつです。

吊り橋などのスポットで観光客が賑わうルートからではなく、どちらかというとマイナーな角度からのアプローチ。僕たちはいつも「いがいが根」のパーキングに車を停めて、すぐそこから始まる海岸へとつづく森の中に分け入ります。木々がもたらす影の下を歩くこと5分ほど・・・森を抜けてやがて視界がサァーっと拓けると、波の音、風の音、青い空と蒼い海が視界いっぱいに広がるゴツゴツした岩だらけの場所、「かんのんヶ浜」に行き着きます。

そしてそこからさらに歩いて5分ほどのところにある岩場を乗り越えて海へと接近すると、これが見えます。ほとんどの観光客の人たちは、この場所にこんなものがあるなんて、まったく知りません。みんな通り抜けていきます。

今日はちょうど僕らが此処にいる時に、東京から旅行で訪れている50代くらいの温かな雰囲気のご夫婦が通りかかりました。

「〇▽◇は見ましたか?」と僕。
「いいえ、なんですか?それは・・・」とご夫婦。
ちょっと説明すると、
「そんなのが此処にあるんですか!?」と興味津々なご様子。
「それじゃ良かったらご案内しましょう」と僕。

ちょっとした語り部の気分でご夫婦をサポートしつつ、少しだけ気を付けながら岩を登り、そして眼下に見たそれは?おふたりとも伊豆には何度も訪れているのだそうですが、こんなものを見たのは初めてだ!と、大感激のご様子でした。^^ どうやら伊豆の旅路のワクワクの土産話のひとつに貢献できたようです。

動画は今日僕がその場で撮影したものです。途中風の音がバサバサうるさいですが、雰囲気だけでも味わってみてください。なかなか見れないものですよ。



サーチ(調べる)ちなみにこの場所についての詳細はこちらのブログ記事も面白いかも
ラベル:伊豆 城ケ崎
posted by フランキン at 21:33| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Photoスケッチブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月09日

不思議なものだ、ライオンがもうこの世にいなくなるのかと思うと


〜「不思議なものだ、ライオンがもうこの世にいなくなるのかと思うと」〜

フィリップ・ワイリーとエドウィン・パーマーによって1932年に書かれた小説、WHEN WORLDS COLLIDE (邦題「地球最後の日)の冒頭の辺りで、壁に掛けられたライオンの剥製に目をやりながら、ある天文学者がつぶやくようにして発する言葉です。小学生の頃にこの物語のジュナイブル版の翻訳本を読んで、何気なく発せられたこの台詞が醸し出す意味合いが強烈に印象に残ったのを今も憶えています。当時の僕にとって、ある日を境にして慣れ親しんだ周りの世界がガラっと変わってしまう・・・そんなことが有るかもしれない、と想像することは、違和感と緊張感の混じり合ったジワジワとした非現実をつき付けてくるものに思えました。

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posted by フランキン at 19:47| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月07日

バレンタイン・セレクトなノアノアでした。

今日は熱海でのラジオ生放送を終えてから横浜へ・・・そしてつい先ほど伊豆高原に帰投しました。かなり強い風が吹きまくっていて、昼間にはあちこちにかかっていた雲が吹き飛ばされて星が瞬いて見えました。カーラジオでは何処かの地方で春一番が吹いたとかなんとか・・・同じ風が今この辺りに吹きまくっているのかもしれません。

さて、今日のノアノアは2月7日・・・来週のノアノアは14日、バレンタインデーということになります。それじゃ・・・ということで、今日のOnAir曲は、すべてタイトルにValentine≠フ文字を含んだ曲ばかりをセレクトしてお届けしました。

M1 Valentine / Ned Doheny

M2 My Funny Valentine / Frank Sinatra

M3 Valentine / Kina Grannis

M4 Valentine / Martina McBride & Jim Brickman

M5 My Valentine / Paul McCartney


エフエムCiao!熱海湯河原の放送システムは、他の多くのコミュニティFM局と同様でワンマンDJスタイルで、曲の頭出しもマイクのOn/Offもジングルもひとりでこなしながらトークします。そそっかしい僕はたまに曲出しでポカをやらかすのですが、今日もやってしまいました。4曲目(M4)にお贈りしようと思ったのが本当はPaul McCartney のMy Valentine≠セったのですが、曲紹介して流れたのがMartina McBride & Jim BrickmanのValentine≠ノなってしまいました。(汗) まぁ、生放送なのでハプニングも時々あります。^^ ということでTwitterからの生放送へのメッセージも、その辺りをご愛嬌として楽しんでくれたリスナーさんから嬉しいツイート・・・番組に微笑ましくおつきあいいただきました。



ちなみにPaul McCartney のMy Valentine≠フPV・・・シェアします。なかなかお茶目なPaulがいいです。ということで、今日のノアノアは1週間早くお届けしたバレンタインナンバーでした。
posted by フランキン at 23:37| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ノアノアな風を受けて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月05日

わずか一文字で違ってくる

函南の方へ出かけてネロリさんと二人して昼ごろに立ち寄ったのが、静岡県ではよく見かける五味八珍というラーメン&中華料理のファミレスでした。590円でランチをいただけるとしたら、かなりリーズナブルな気がしますが、今日は二人してそれぞれ、鳥から揚げとお好みのラーメン、そしてご飯がついた定食スタイルのランチメニュー、いやはやボリュームたっぷり、食べる前から満足してしまいました。

さて、今日この店で注文を取りに来てくれたのが珍しく男性の店員さんで、この店員さんがお客様と話す時の発声がなんともすっきりしっかりしていて心地よい・・・明快さと温かみを兼ねた印象の若者でした。

そしてこの記事を書こうと思ったのは、彼がごく自然に発した言葉の中の、わずか一文字の違いによる大変素晴らしい食事空間の変化を経験したような気がしたからなのです。

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posted by フランキン at 21:48| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

森のフクロウとプロメテウスのエイリアン


フクロウといえば、ファンタジーストーリーのハリー・ポッターに登場するフクロウのヘドウィグをはじめ、どこぞの家庭教師センターのフクロウ博士などなど、幾つものキャラクターが思い出されます。頭部をクルクルっと回転させるしぐさがじつに愛嬌があって可愛らしく感じるのだけれど、じつはあの頭部旋回動作は、たいていの生き物にとっては(特に人間には)命を即縮めてしまう行為なのだそうです。身体の向きはそのままにして、頭だけを真後ろに向けて後ろにいる人と会話してる自分を想像するだけで、ごく普通の人間の僕としてはちょっと苦しくなってしまいます。でも、なんとフクロウの場合、左右それぞれに真逆(真後ろ)を超えて270度まで回転させられるというのだから、オカルト映画の「エクソシスト」に出てくる悪魔に憑かれた少女リーガン並みの超自然的荒業を当たり前にこなしていることになります。

「あんなことやって・・・なんで自然界には脳卒中で死んでしまったフクロウが見つからないのか!?」

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posted by フランキン at 19:15| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月04日

もしも沈む夕日に間に合えば、ただそれだけのこと

海が手に届くところに住んでいる人はきっとわかると思うのだけど、日が暮れる数十分前に、特に意味があるわけではないのだけど、海に向けて車を走らせたくなることがあります。季節も場所も全く異なるのだけど、ずいぶん前に流行った歌で、湘南 夏≠ニいう曲があるのですが、その歌詞の中に、これと良く似た感覚が表現されています。

なぜ海が見たいのだろう
もう若くもないのに
もしも沈む夕日に間に合えば
ただ それだけのこと


(かぐや姫 「湘南 夏」より)


http://youtu.be/YVIWWCeAJ5A

久しぶりに伊豆半島の西側に出かけてみたのは2日の土曜日のこと。伊豆長岡辺りで、もしかしたら夕日が沈む海の光景に間に合うかも・・・そう思いついてちょっとだけ速度を上げた車が行き着いたのは沼津に向けて海を左側にして走る海沿いの道でした。

高さのある防波堤が視界を延々と遮ったままの道で車を脇に寄せ、防波堤を登り超えて臨んだ先で僕らを迎えてくれたのは、視野いっぱいに広がる夕方の荒れた海・・・ゴーゴー!という遠くからの風と波の音、体温を奪い取りながらバサっ!耳元を過ぎていく風切音、そして今や水平線の向こうに沈んでいく寸前の真っ赤な太陽でした。

海に沈む夕日に間に合えば ただ、それだけのこと・・・ サーチ(調べる)クリックすると大きくなります。

真冬の夕日を見つめながら思ったのは、沈む夕日って、線香花火の火玉が落ちる寸前の儚さに、少し似ているな・・・ということでした。
posted by フランキン at 19:31| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Photoスケッチブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年02月03日

いつもの鳥がまた海を見つめにやってくる

窓の外に目をやるとそのまま海の様子に吸い寄せられるのだけど、海と僕との間には一本の背の低い桜の樹が他から孤立するように立っていて、海の輝きが逆光となって浮かび上がる黒い葉脈のような枝越しに見る海は、そこだけを切り取った絵のような風情を感じます。その桜の樹の、いつも同じ枝の同じ辺りにとまっては数十分動かずにいる鳥の姿に気づいたのは、昨年の十二月のこと。それからは、「お、また来たか」・・・と、彼の姿を見る度に思うようになりました。

いつもあそこにとまってる鳥はやっぱり伊豆の海が好きらしい

彼はいつも海を見つめるかのようにむこうを向いてて枝にとまり、僕はその少し後ろにあるこの窓辺で目を上げては彼の背中を見つめることになるのだけど、いつでも必ず海の方を向いてじっとしている様子に、同じ風景を前にした以心伝心のようなものをなんとなく感じて、その鳥のことがやけに近しい存在のように思えてくるのです。

「お前と僕との間に、どんなの関わりがあるっていうんだ?」・・・そんな問いかけが自然と口を突いて出てきます。

自分の視野の中に入ってくるもの・・・そして其処に定着して繰り返されるもの・・・何もかもが「たまたま」に過ぎないのだけれど、其処に何もつながりや意味がないと言い切ってしまうのも、なんとなく寂しい、貧しいことのように感じるのです。少なくとも、あの鳥と僕は同じこの伊豆の海を時間を忘れて見つめることについては、経験として伝え合える同じものを持っているように思える・・・そんな気がしてきます。

自分の視界の中に入ってくるものとのすべての関わりを、通りすぎていくのに任せるだけでなく、思いつくままにつなげて考えてみること、それだけで、人は豊かになれる気がします。今日はそんな日曜日かもしれません。雲がかかって感じられた昼前にあの鳥の姿を再び目にしてから、正午を三十分経過、日差しが明るくて暖かな午後になってからは、もうあの鳥の姿を見ていません。
posted by フランキン at 12:42| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Photoスケッチブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする