2012年11月23日

キラキラと金色で黄色くてオレンジな日

けっこう長文な日記です。すみません。(^_^;)

今日11月23日。そういえば・・・と思い起こしたのが小さな少年の頃の記憶。キンロウカンシャノヒ・・・という言葉の響きが、まだ漢字をあまり知らなかった小学生の頃の僕には、やけにキラキラした響きの音に聞こえて、なんとなく金色で黄色くてオレンジな日だなぁ〜などと、そもそもの意味など全く意識せずに、当時の子供の感触のみでキンロウカンシャノヒと呼んでいました。

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posted by フランキン at 21:36| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

潮がひいたばかりの宇佐美の海辺にて

潮が退いていった海辺にて
昨日の熱海のラジオを終えて伊豆高原への帰途・・・R135沿いの宇佐美の辺りで陽が沈んでいく時間になりました。留田(とまた)の海岸を静かに洗う水辺に近づいてみると、潮が退いたばかりの砂に、つい今しがた付けられたばかりのものらしい一対の足跡が視線の先へと伸びて夕方の光をうけて際立だって見えました。誰かが誰かと肩を並べて此処を歩いた・・・ただそれだけのことなのだけど、そこに何か大切な標しを見たような気がふと湧いてきます。それぞれが誰かとともに一日を歩んで今日という日を通り過ぎていく・・・足跡はいつしか消えて記憶の彼方に・・・でも誰のものかも判らないこんな風な足跡に、今この瞬間がとても確かなものに感じられたり・・・夕方の海辺の風景が働きかけてくるものは、どこか沁みるような浸透力を伴います。
posted by フランキン at 11:02| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Photoスケッチブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

原千晶さんがとどけてくれたもの・・・

日付が変わって、もう昨日になったラジオ放送を振り返っていました。華やかな芸能界の中で、それでも女性としてさまざまな悩みや問題に直面し、命に関わるガンという病気も経験し、そうした一連の時期に、自然の恵みそのもののアロマの存在がどれほど力になってくれたのか?語ってくれた原千晶さんは、とっても謙虚に、そして真摯で力強く声をとどけてくれました。

人の生き方って、何かのさなかにある時ではなく、もしかしたら日を経てから振り返ってみてはじめて、その意味が身に染みて分かってくる・・・ということもあるのかもしれません。芸能界の華やかな場面での彼女、恋愛や生き方についてやはり普通に悩みを抱く若い女性としての彼女、ガンを患い、それに対峙し、自身の身体を顧みるための選択の前で逡巡する彼女・・・ひとりの人の歩みとそのときどきの風景には幾つもの側面があり、そのすべてがそのひとりの人を成しています。

ご自身の体験から、どんなに辛いことがあっても、ネガティブな感情を浄化して前へと進んで行けるということを、多くの人々に伝えたい・・・という、今回の原千晶さんのお話に耳を傾けながら、この世界に生まれた人々すべてには、やはりその生に意味があるのだと改めて思いました。生まれる前から何かの役目をもって生まれてきたのか?それともこの世界に生きるようになってから役割を担うのか?・・・僕には正確なところはわかりません。

でも、自分がどんな人≠ネのか?何を果たす人≠ネのか?そういった問いかけを、絶えず自分の内に抱きながら日々をおくるということ・・・少なくともそういった思いを大切にこれからを生きる・・・ということは、誰にとっても大切なことなのだと感じました。

『心の中で咲きつづけるために この生涯をかけて種を蒔くの
どんな花が咲くか いつの日になるかは わからないけれど』


原千晶さんに電話をつないでお話いただいたのは約20分ほど・・・その間に一曲だけ音楽をかけました。生放送のOnAirをスタジオでヘッドフォン越しに聴きながら、いつもよりもさらに意味を深めてこの歌の歌詞が力を帯びて感じられました。KOKIAの歌で、「歌う人」・・・ここにシェアします。おやすみなさい。また夜が明けたら・・・。zzz

(三枝理枝子さんのお話から感じたことは、また今夜にでもこのブログに書きます)

posted by フランキン at 01:10| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 茶色の小瓶と碧の地球 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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