2011年10月30日

ひと枝ひと枝に感謝・・・

ネロリとフランキンの
アロマスクール&サロン花らんぷの駐車場に
背の高いクヌギの樹が一本あるのだけど、
そろそろ水を揚げなくなる来月半ばくらいになったら
少し枝を払うことにしました。

豊かに葉を繁らせ木陰をくれてありがとう〜!

過ぎ去ってからはもう懐かしくも思えてくるけど
今年の夏は暑かった!
豊かに葉を繁らせ木陰をくれてありがとう〜!
ひと枝ひと枝に感謝です
posted by フランキン at 12:11| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Photoスケッチブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ぶつかり合って・・・そして解け合う場所・・・

R135よりもさらに海沿いを走る
県道109が伊東港の近くで国道に合流する辺りの海・・・

国道と県道がぶつかり合う場所で、波と波もぶつかり合う・・・。
国道と県道がぶつかり合う場所で、波と波もぶつかり合う・・・

いつも通りかかっては
此処でついつい波の様子に面白さを感じてしまうのは、
視界の左右両側からそれぞれ異なる方向に寄せてくる波が
ここでぶつかり合う様子が見れるからなんです。

半島の形やら海流やら・・・人があずかり知らないところで
自然の中のいろんな事情や仕組みが
風景を形づくって見せてくれてるんですよね。
posted by フランキン at 12:05| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Photoスケッチブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月27日

「その街のこども」を思い起こしたノアノア

青空がとても明くるくて高く感じた今日は、
熱海のスタジオへと向かうR135は車の数も少なく、
スイスイと気持ち良く走れました。

気持ちよく午後2時を迎えてノアノアはスタート・・・
今日は番組の後半・・・
ひとつの映画についてお話させていただきました。

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posted by フランキン at 22:39| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ノアノアな風を受けて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月26日

一日が終わる時の空の色・・・

いつか見た黄昏れ頃の空がいくつもあって、
伊豆近隣で見つめた
夕暮れの風景の幾つかをスライドムービーにしてみました。



遠いところで放たれた太陽の光に含まれる幾つもの波長を
人間の網膜が色彩として捉え識別し、
その色の働きかけに呼応して心が動かされる・・・

当たり前のように日々経験していることですが、
でもそれって人間の心身と自然の仕組みが連動して完成される
ひとつの奇跡体験なのかもしれない・・・
そんな風に感じます。

BGMは、
Ennio Morricone 
Once Upon A Time In The West
posted by フランキン at 17:38| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Photoスケッチブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月25日

われは海の子・・・元気の子・・・高津敏船長がスタジオに!

先週10月20日(木)のノアノアは第三木曜日・・・
トラベルキャスターの津田令子さんとともに、
津田令子の旅の香りのコーナーをメインにお贈りするノアノアでした。

これまで旅の香りでは
日本各地の旅先へと電話をつないでお届けしてきましたが、
令子さんとともに、はじめてスタジオにゲストをお迎えしました。

拓殖大学客員教授葛C象情報システム社長 高津敏氏がノアノアに!

生放送の一時間・・・
スタジオとリスナーの皆さんの輪に加わって、
大船に乗って大海原をゆったりと航海するように
静かな温かみと熱意・・・
そして謙遜さを湛えた声を聴かせてくれたのは、
葛C象情報システムの社長であり、
NPO法人ふるさとICTネットの理事長、

高津 敏(たかつはやし)さんでした!

五木寛之の小説『青春の門』の舞台としても有名な
福岡県田川郡は福智町で生まれ、
海の男になることを目指して北海道札幌の大学に学び、
まさに南から北へと日本を大移動しながら始まった若き日々・・・
その後さまざまな船に乗りつつ世界を見てきた高津さんからは、
文字通り荒波を経て今を生きている・・
そんな落ち着きと気概を感じました。

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posted by フランキン at 02:34| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 津田令子の「旅の香り」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月24日

ハリネズミの背中・・・はじめてさわった

今夜はいろんな小動物たちと出会う・・・
道沿いの土垣から
コロコロとヘッドライトの中にころがり落ちてきて・・・
何もなかったかのように立ち去ろうとしたのは

ハリネズミの背中・・・はじめてさわった。

手のひらサイズのハリネズミでした。
ハリネズミの背中・・・はじめてさわった。
posted by フランキン at 23:50| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Photoスケッチブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

夜・・・星・・・音・・・

シン・・・と静まりかえった夜・・・
あまりに星が綺麗なので深夜に外に出てみた。
伊豆高原の夜は静かだ。

↓クリックすると星が見えますよ
屋根の上に星空・・・
外にでてみると・・・屋根の上に星空が・・・


真っ暗な中に立ってじっと星空を見つめていると
五感がスゥーーーっと冴えてくる。
星の瞬きにはずっと遠くで大勢の小さな子供たちが
無邪気に遊ぶ声のようにも感じる微かな音があって、
耳ではない僕の芯の芯の何処かで
それを聴いているような気がしてくる・・・。

微かな他の音も・・・?
ハラリと枝からはなれた木の葉が地面に落ちる音・・・
姿は見えないけど僕をかすめて飛んでいくコウモリの気配・・

・静かな星夜・・・いつのまにか僕も息をひそめしまう・・・
エンジンを止めた瞬間のような
この感覚・・・いいなと思う。
posted by フランキン at 23:11| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Photoスケッチブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月22日

The Rose

Facebookの友人の誕生日に
この曲をウォールに贈ったのだけど、
聴いていてなんだか自分が励まされる・・・

もう何十回聴いただろうか?
Bette Midlerの歌うThe Rose・・



何処に蒔いたのかも忘れてしまった種だって、
いつかは咲き誇りふと目に留まることだってあるかもしれない。

伊豆に今いるということに意味を感じてた。
此処に来たばかりの頃に、
毎朝太陽の光に目を覚ました頃を忘れないようにしなきゃ。。。
posted by フランキン at 20:21| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月20日

今週は「安心、安全に基づいた地域づくり」を提唱する高津敏さんと津田令子さんの対談のノアノアといってみます!

津田令子の「旅の香り」

今週10月20日(木)のノアノア!!
津田令子の旅の香りのコーナーを中心にしてお贈りする週ですが、
トラベルキャスターの津田令子さんとともに、
これからの地域づくりに欠かせないのは、
自らが自らを守ること、
自分たちが暮らす地域の素晴らしさを
熟知した上でのふるさとづくりを提唱している
葛C象情報システムの社長であり、
NPO法人ふるさとICTネットの理事長、
高津 敏氏にスタジオにお越しいただきます。

田んぼの向こうに数千年前の溶岩ドーム・・・伊豆も奥深いです。
田んぼの向こうに数千年前の溶岩ドーム・・・伊豆も奥深いです。

自然の中に生きている・・・大昔から今にいたるまで
人間の基本的な在り方は変わっていません。
大自然と畏怖を抱かせるほどに巧みなその仕組みから、
数え尽くせない恩恵をうけて人は生きている・・・
その恩恵の積み重ねの上に人は共同体をつくり、社会を形成し、
今の世の中・・・というものを築き上げできました。

築き上げたものの高さや大きさを見て、
人は自らを高め、賛美し、その偉大さと素晴らしさに
我を忘れることもあるかもしれません。
なるほど・・・人間が築き上げてきたものは素晴らしい・・・
でも、人間の築いてきたものの根底には、
常に自然の恵みというものが欠かせず其処にあったのだ・・・
ということを忘れてはいけないですね。

少年の頃・・・人類の四大文明というものを学んだ時、
其処にはそれらの文明の成り立ちが依存する水の流れ・・・
黄河やナイル、インダスやチグリス・ユーフラテスとして知られる
巨大な河川の存在を同時に知りました。
人は水の循環と土と光からはなれては生きていけない・・・
それは古代も今も変わりません。

2011年もあと残すところふた月半になりました。
多くの恵みをもたらしてくれる大自然・・・
今年は311の大地震と大津波、各地での台風水害などが相次ぎ、
自然が人間よりも遙かに大きな力を持つことを知り、
その力に翻弄され、人間の力の小ささ思い知らされ、
だからこそ自然をいっそう親しく知り、
その中で生きていく術を思い出さなければ・・・
忘れてしまっているなら学ばねばならない・・・

と、感じさせられました。

そういう認識に立ってみると、
実は私たちがそれぞれ生活の場を得ている
それぞれの地域社会・・・その営みにも、
実はこの自然を意識することをないがしろにしては
成り立ち得ないのだと気づかされます。

人が生き、いろいろあってもその生を楽しみの内に保ち、
愛する家族や仲間同士が其処にいつづけ、
なお栄え豊かであるためには、
足もとの大地の偉大さとそこを行き過ぎていく大気と
命を潤すとともに時に猛威となるほどの力をもつ
水の流れを知らなければなりません。

津田令子さんと高津 敏氏の対談形式
という形でお贈りする今週のノアノア・・・
私たち伊豆に住む者としても、
大変興味深いお話が期待できそうな
ノアノアになります。

番組スタートは午後2時から・・・
エリア内の方は79,6Mhz
Twitterのハッシュタグは #noa2 です!

サーチ(調べる)番組はサイマル放送(インターネット)でも生放送されます。
サイマル放送の聴き方
サイマルラジオのサイトに行く
東海 → Ciao!熱海の放送を聴くをクリック
メディアプレーヤーが起動してお聴きいただけます。

サーチ(調べる)iPhoneユーザーは愛ポンでも聴けますよ♪ ←聴き方はこちら
お楽しみに〜るんるん次項有

ひらめきiPhoneユーザーにはこちらのアプリもお薦め

radio jp

ありがたいことに静岡の地域に、
エフエムCiao!が初めからプリセットされています。


お楽しみに!!
posted by フランキン at 14:00| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 津田令子の「旅の香り」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

いつか聴こえてきた終わりを迎える葉がたてる音・・・

伊豆高原・・・陽射しが暖かな日でも、
夜には冷えるように感じる季節になってきました。
花らんぷの駐車場に立つ木からも
いつのまにか葉が落ちはじめています。



冬に向かうこれからしばらくの日々で
全部落ちてしまうんですよね。

つい先日の星空の深夜に外に出て空を見ていたのですが、
風がなかったせいなのか
枯葉が地面に落ちる時の音にはじめて気づきました。
夜なので見えなかったのですが、
一枚一枚の葉がたてる最後の音を耳にしたようで
妙に神妙な気分になりました。
posted by フランキン at 10:11| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月19日

速度を緩めないままのスローモーション・・・

夕方に立ち寄ったホームセンターの大きな駐車場で、
柔らかな灼色に暮れてゆく西の空をしばし見つめた。

速度を緩めないままのスローモーション・・・

わずかな時間に空の色がみるみる変わってく・・・
砂時計の最後の砂粒が落ち切るのを見つめているような
速度を緩めないままのスローモーション・・・

1日の終わり・・・
買い物客の車の出入りが少しだけ慌ただしくなった。
posted by フランキン at 20:11| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Photoスケッチブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

To The Morning



秋が深まるとともに確かに夜が長く感じられて
読みかけの本やら何やらにワクワクするためか
ついつい夜更かしをしてしまう。

そのせいか・・・
ここのところ朝が少々きつかったり、
なかなかシャッキリしなかったり・・・

そういう朝には
多分とびっきりの瞬間を幾つも見逃していて、
1日が始まりきっていないような
ボンヤリ感がずっとつきまとう。

ただ目を覚ましたまま朝を迎えるだけでいいのに・・・。
posted by フランキン at 11:11| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

物語は残り香・・・ベタニヤのマリアとナルドの香油

物語は残り香・・・香りはタイムマシン・・・

古代に珍重された香りを今もその頃の記憶の名残を含んで触れることが出来る…そういうのもアロマの楽しみのひとつで、タイムマシンのような楽しさがあります。そんな楽しさに結びつく多くの物語が収められている古ぅ〜い本はと言えば、バイブルもそのひとつでしょう。

バイブル(聖書)はユダヤ教やキリスト教の聖典ではありますが、数千年も昔の風景を今に伝える文化の書・・・そんな風にして目を向けてみるとそこにはまた様々な発見があります。フランキンもネロリもクリスチャンではありませんがアロマセラピーに親しんでいくにつれ、次第にそういった知識にも触れることが多くなったりするものなんですね。

ナルド・・・という香油の名を聞いたことがありますか?この香りも、古くからの記憶を伴って今に至っています。今から2000年も前に、その場にいあわせた人々を驚かせたというひとりの女性の行為が、時を経て今でも語り継がれています。それは新約聖書の中に書かれているマリアという女性の物語・・・。マリアといっても聖母マリアのことでも、映画化もされた小説ダヴィンチコード以来よく耳にするマグダラのマリアでもなく、レンブラントの絵画「ラザロの蘇生」で有名な、ユダヤ人男性ラザロの姉妹のベタニヤのマリア(Mary of Bethany)のことです。(しばしばマグダラのマリアと混同されていたりします)

キリストが処刑される数日前に、キリストはエルサレムの近くに位置するベタニヤという街を訪れたと言われています。そしてある家でキリストを招いた晩餐が開かれ、その晩餐のさなかに、マリアはひとつの高価で美しい雪花石膏(アラバスター)の容器を手にキリストに近づき、その中に入っているナルドの香油をキリストの髪に注いだのです。現代の精油は、わずか一滴という少量であっても部屋の中の空気を一気に香しく変えてしまうほどの力がありますが、当時の香油が同じ作り方のものであったかどうかは分かりませんが、マリアが注いだ雪花石膏の容器に入っていたナルドの量は450グラムほどであったとされていますから、きっとその瞬間・・・その家の隅々にまでナルドの香しい香りが漂ったことでしょうね。

さて、その香りが家の中に放たれるとともに、其処に居合わせた人々はマリアを叱りはじめます。「なんのために香油をこんなにむだにするのか。 この香油を300デナリ以上にでも売って、貧しい人たちに施すことができたのに」・・・経済観念と善意の気持ちがあるかのように聴こえますが、要は金にならないような使い方をしたらもったいないじゃないか!・・・という感覚だっのかもしれません。1デナリは当時の労働者の丸1日の賃金に相当する価値をもっていたようですから、その価値はおよそ1年分の賃金に相当するほどに高価なものだったことになります。一世紀当時の世界では、現在の金やプラチナと同様に投資対象としてみなされてもいる貴重品でした。マリアはこの時、キリストの頭に注ぐことによってこの貴重なナルドの香油を一瞬のうちに使い尽くしたことになります。

この話を、現代の私たちがどのように捉えるかは人それぞれだと思います。でもひとつ言えることは、人にとってはお金じゃない瞬間というものが時に訪れることがあるんだなぁ〜・・・ということです。この数日後・・・キリストは処刑されたといいます。そしてそれはキリスト自身が予見していたことだとも言われています。当時の彼を取り巻くローマ支配下のユダヤ人社会の状況を考える(バイブルのメシア預言等は抜きに考えても)と、キリストが逮捕され処刑されるというような事態は容易に起こり得ることだったのかもしれません。そのことを薄々感じていたマリアからすれば、イエス・キリストという人物への親しみや愛情を表現する最後の機会であったかもしれず、おそらくその個人的な愛着を表現するには、マリアにとってそれ以外には考えられなかった最高の方法を選んだということなのでしょう。まさに、お金じゃない・・・それに換えられない大切な機会に為された心からの行為だったのかもしれません。

バイブルによれば、キリストはマリアを叱った周囲の人々を逆にたしなめ、自分の髪に高価なナルドの香油を注いだマリアを褒めたということが記録されています。2000年もの時を経て、このわずかな時間に為されたマリアという一人の女性の親しみある行為が今でさえ語り継がれている・・・そう考えるてみると、この女性はまさにお金には換え得ないものを手にしてこの世界に名を残したことという風にも考えられますね。

さて・・・このナルドという香油。日本では甘松とも呼ばれ、ヒマラヤ山脈に見られるオミナエシ科の植物(Nardostachys jatamansi)の茎と根から抽出されるものと考えられています。マリアが用いた香油は純度が極めて高く、非常に高価なものだったと伝えられていることからすると、もしかしたら当時の中東からはかなりの遠方にあたる中国やインドからのものだったとも考えられます。現在、同じ植物から抽出されている精油がバイブルに記されているキリスト時代のものと同じ香りであったかは正確には分かりませんが、それでも、マリアとキリストに関わるこの物語にふれる背景を持つエッセンシャルオイルを私たちが手にすることは、幸いなことに今でも可能です。名称もそのままナルド、あるいはスパイクナードと呼ばれていて、マリアがキリストに注ぎ捧げた当時ほど高額ではありませんが、それでも比較的に高価な精油の部類に入ります。

もしあなたがこのナルドの精油の小さな瓶を手にすることがあるなら、その香りを香らせる度に、2000年昔のキリスト受難直前のある夜、キリストとマリアと香油の物語を思い出してみてください。訪れた機会に目ざとく気づき、手にある最高のものを用いて最高の時を演出し、彼女にとっては素晴らしい思い出と後に幾世紀にも渡り語り継がれる物語を残したマリア・・・この記事をここまで読んでくれたあなたも、お金には換えられない人生の瞬間を逃すことなく捉え、マリアと同様に、自分と大切な人たちとの物語を積み重ねていってください。僕もそうありたいなと思いつつ、記事を閉じます。。。


Mary of Bethany ベタニアのマリア

マリア・・・キリスト・・・そして、ナルドの香油・・・
物語は残り香・・・香りはタイムマシン。。。

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posted by フランキン at 00:26| 静岡 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | アロマセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月16日

肺呼吸のまま海に潜り、時々丘に上がっては深呼吸するようなFBですみません。

これはFBについての自分の関わり方についてのあくまで個人的なメモです。充分に使いこなしていない僕ですが、とある友人がどんどん流れていくFacebookのウォールに反応しきれていない自分を悩んでいたようなので、そこに思うところをコメントしたものですが、この時間が、自分自身の思いの整理にも少し役立ちました。あくまで使いこなしていない人間の長ぁ〜いつぶやきです。

いろいろと感じるところは共通してますね。ネットに入るということは僕にとって肺呼吸のまま海に潜り続けているようなもの・・・なので定期的に息苦しくなって海面に顔を出し呼吸するようにしてネットから身を遠ざけたりしています。ですからその間に投稿された友人たちの記事は当然気がつかないまま過ぎ去ってしまうこともあります。

基本的に、ネット環境に いつ 入るか?≠ヘネット利用者・・・要するにFacebookやTwitterなどのSNSの各ユーザーの自由≠ナあると考えているのですが、当然その自由は自分以外のすべてのユーザーが(もちろん真っ先に里美さんも)同じように持っているはずなのだと思います。なので初めからすべての投稿を閲覧することは事実上不可能なことですし、自分が書き込む時にも、すべての人に見ていただくことは高望み過ぎること・・・と考えています。なので自分の投稿に何ら反応がいただけなかったとしても、それはそれであり得ることですし、仕方がない、ある意味既にFacebookを利用する上での共通同意事項だとも思っています。Facebook上で大切な友人に出会うことも・・・心に触れる投稿に巡り会って思わずコメントをしたくなるのも、実はすべては基本的に一期一会で、そんな気づいた時の巡り合わせ≠大切にしたいと思っています。

里美さんは優しさとともに強い情熱もお持ちの方なので僕ほどには割り切れず、友人たちの想いや心を本当に大切にして、そのひとつひとつに応えていきたいとお感じになるのでしょうね。確かにそれは、里美さんが音楽を人々にふるまう時と似ています。ライヴでのUNOの音楽の届け方は、本当にひとりひとりの心にふれるもので、だからこそライヴのさなかに自分の心の奥底にあるものを里美さんの紡ぐ音の並びにつながりを感じ、涙を流す人々の姿を多くみることもできるのでしょう。

でも考えてみると、その人々に演奏を聴いていただけたのは、その演奏の場にその人が居てくれたからに他ならない・・・と思います。その場にいない人には里美さんの音楽は届きませんし、逆に里美さんがライヴのステージにいないならば、其処にいかに大勢の人々が集まっていたとしても、やはりその音楽との出会いを人々は経験できません。これはアナログやデジタル、リアルとバーチャル・・・どの世界でも同じ事・・・だと思います。それはとても自然なことだと思いますし、やはりそこには、一期一会に価値を感じるかどうか?という、その人のスタンスが関係しています。

無数の人々が自由に行き交うFacebookのような環境では、ひとりひとりの行為(発言・アクティビティ)のすべてを目にして、そのすべてに応える・・・というのは不可能です。それはちょっと大げさに表現すれば、人間がひとつの生涯でこの世界を味わい尽くすことが出来ないのと同じです。もしそれを望むとすれば、その人はその場にいる∞いない≠選択する自由を失うことになりますし、それを他の人々に期待するとすれば、その人々に強要することにもなってしまいます。

ひとつ昔の格言を思い出しました。「自分にして欲しいと思うことは、他の人にも同じようにしなさい」・・・これは昔から黄金律と呼ばれているものです。しかしこの言葉にはひとつ皮肉な気づきが含まれています。他の人にしてあげたい・・・と思っていることは、もしかしたら「自分がして欲しい」と思っていることの裏返しかもしれない・・・ということです。誰かに何かをする・・・何かを与える・・・という行為はとても尊いものですが、でもその衝動の背後に何があるのか?ということを時々ふり返らないと、どんな気配りも親切も愛情もいつのまにかその対象となる人にとっては重荷にさえなってしまうことだってあり得ます。

Facebookですべての投稿に応えたい・・・お気持ちはとてもよく分かります。でももしかしたらそれは、自分がして欲しいと、心の奥底で望んでいること・・・と言うことも出来るかもしれません。それはすべての人に音楽を届けたい・・・と願うのと似ています。でもそれは不可能ですし、それを望めば自分と他の人々の自由を侵してしまうことにもなりかねません。ネットでの出会いやつながりは、あくまで一期一会なのだと思うこと・・・それは、そこにいる人すべてが楽になる≠アとにつながると思っています。Facebookでの誰かとのやり取りに、その人とのすべての関係性を期待してはなりません。基本的にFacebookは、ウォール(wall)・・・落書きや伝言を貼り付ける壁≠ノ過ぎないと思ってます。目に留まることもあるし、いつのまにか通り過ぎて見過ごしてしまうことだってあります。そして其処には常に、お互い様≠ニいう自由な関係が伴っています。

里美さんの温かな気持ち・・・それは自然なものですし、もしかしたらネット環境を自由に泳ぎ回るには通過しなければならないものなのかもしれません。でも、それはネットだけではなくて、リアルな世界でも殆ど同じです。オビナタさんが、「自分がどのようにすれば、楽しめるのか?」を模索した・・・と仰ってますが、その通りだと思います。「楽しむこと」=「楽になること」・・・重荷を感じずに泳ぎ回ること・・・それを意識してみませんか?そのためには、自分自身の心の中を探り、「いったい自分はなにを此処に期待しているのか(或いはし過ぎているのか)?」・・・ということを確認してみる必要があるかもしれませんね。ネット上での息苦しさは、自分の心の裏がえしという場合がしばしばあると、自分の経験からも思いますし・・・。Facebookは今や勢いよく進化しながらたくさんの人々を巻き込んでいますが、心の何処かに「たかがFB」・・・「所詮はFBなんて」というような醒めた思いも持っていて良いのではと思います。

肺呼吸のまま潜り続けるのはキツイです。どっぷりとネットの海に浸かってエラ呼吸になれない(なれなくてぜんぜんOK)なら、たまには自分を切り離して丘にあがって深呼吸しましょう。そしてその時には、他の人々も別の丘に上がって深呼吸してるかもしれない・・・と、サラリと考えることにしませんか?続きを読む
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2011年10月14日

においを判別するメカニズムを解明か?

においを判別するメカニズムを解明か
ナショナルジオグラフィック 公式日本語サイトのニュース

一応うちはアロマスクールなんで、たまにはこんな話題を・・・。まだまだ未解明のことがいっぱいの嗅覚をとりまく世界・・・ニュースを注意深く見ていると、時々新たな発見や研究成果が発表されていたりします。ネロリとフランキンのラジオ番組「ノアノア」ではその度にお伝えしているのですが、このウォールでも紹介していこうかなと思います。

香りを脳にまで伝達する嗅覚神経は、五感の内で最もダイレクトに脳に達するものとして知られていますが、鼻腔内に位置する嗅覚上皮の香り分子のレセプターは無造作に並んでいるのではなく、辛さや甘さ苦さをキャッチする部位が舌の表面にそれぞれエリアわけされているのと似てやはりエリア分けされており、脳に達する前の段階ですでに「快」「不快」の香り認識が前処理されているらしいことが分かってきたそうです。そうすると様々な匂いについての印象を判別するための神経回路は先天的に備わっているもので、経験による影響をうけて培われるものではないということになりそうですね。とすると、優れた嗅覚を誇る調香師などの嗅覚の鋭さは、それぞれの香りをキャッチした瞬間にそれを「自覚」する敏感さの差・・・ということになるのでしょうか?人間は自分の持っている資質や能力をきちんと自覚することが出来た時にこそ、その力を本来のものとして存分に発揮することが出来るということなのかもしれませんね。人はそれぞれ、もっともっと自分自身のデフォルトの有り様に自信が抱いてもいいのかもしれませんね。(^_^)v
posted by フランキン at 10:11| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | アロマセラピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年10月06日

Anniversary Song



FBの友人が今日は誕生日ということで、
せめて何か曲でも贈りたいなぁ〜と思っていたら、
今日のラジオでかけたEva Cassidyの歌に
とても素敵な曲があったのを思い出しました。

Anniversary Song
この歌詞の中のふたりのように・・・
かけがえのない時間を大切な人と分かち合えたら幸せですね。
歌っているEvaは残念ながらもう故人となってしまいましたが、
彼女の歌声はたぶん・・・
いつまでも何処でずっと流れていることでしょう。
posted by フランキン at 20:11| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする