2011年01月26日

バーチャルな訓練を受けてバーチャルなケアを受ける兵士たち


米軍はもうずいぶん前から
ゲームの影響力についてリアルに捉え、
兵士の訓練の中に取り入れることによって、
軍隊という組織の中で
兵士個人が任務遂行能力の向上を目指し・・・
つまり戦場で遭遇した「敵」を殺害することに対しての
本能的な躊躇いを容易に乗り越え、
人を殺すという行為への敷居を低くすることにより、
兵士=兵器・・・としての効果性を上げることに勉めてきたといいます。

ずいぶん前に報道に接して
以前このブログでも書いたことがありましたね。
サーチ(調べる)本当はリスクを背負ってるんだと思う

実際にゲームを取り入れた結果、「敵」を殺傷することにおいて、
その行動を取ることができるかどうかについて、
第二次大戦当時と比較して
90%以上の飛躍的向上
を図ることができたのだといいます。

今度は逆に戦場でPTSDを抱え込んだ兵士を
トラウマから解放する目的で
帰還兵たちのケアにゲームを・・・ですか・・・
なんとも皮肉な話に思えて仕方がないですね。
 
posted by フランキン at 17:22| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ショパンは「側頭葉てんかん」だった!? 僕らはこの世界を構成するものすべてを感知できているわけではないのかもしれない。


僕は医学の専門家ではないし知識もありません。なので自由に物事を捉えて考えを引き延ばします。なのでブログのこの記事はちょっと突飛な話をしているなと感じられるかもしれません。お許しを・・・。

ショパンはいわゆる側頭葉てんかんだったのかもしれない・・・。もちろんこのニュースが取り挙げている精神医学の専門家たちの推論も絶対に確かなものというわけではありません。既にこの世を去って160年も経つ人物が経験した事柄を、断片的で不完全な情報に基づいて判断(診断)するというのは、不可能とは言えないまでも事実上無理に近いことなのだと思います。しかし、正確な医学データも残っていない偉大な音楽家についての秘められた真実に迫る推論として、非常に興味を惹かれます。

しかしショパンの経験したという幻影の原因が側頭葉てんかんだったかもしれない・・・というこの精神医学者の判断は、側頭葉に起因する何らかの異常により引き起こされた脳内の疾患によるものとの見解を示しているわけですが、僕が最近考えるのは、この側頭葉てんかんなるものによって引き起こされるという特異な視覚的体験は、そのすべてを「疾患」と判断することが本当に真実を指し示したことになるのか?ということです。

人間の脳とその働きについて多くのことが分かってきているとはいえ、人間という生命の形とそれが織りなす営みについては、まだまだ現代の科学が及んでいない未到達の地点があると個人的には思っています。それ故に、側頭葉てんかんの症状を示す(経験している)人物がその見たものを語る際に、そのすべてをそのまま「病の症状」として捉えるべきなのか?正直なところ僕は疑問を抱いています。

少し逸れますが、海洋や山岳、南北両極地等での遭難経験を持つ人々がしばしば極限状況のさなかに遭遇したと語るサードマン現象というものがあります。遭難時の極限の中で自分と仲間の他に第3人目の何者かが現れて生還に導いてくれるという奇怪な体験なのですが、生死を彷徨い意識も薄れゆく中でその何者かは生きるために往くべき方向を示し、諦めるなと力づけてくれる。体験者の多くは、「一体あれは何だったのか・・・?」と不可解に思うと同時に、生還に導いてくれたその何者かを守護的な存在と感じ、その感覚がその後の人生にさえ影響を及ぼすことが多いのだといいます。最近このサードマン現象について、極めて冷静に考察・検証を試みている本(邦訳「奇跡の生還に導く人 極限状況のサードマン現象」著ジョン・ガイガー 新潮社)を読みました。
奇跡の生還へ導く人―極限状況の「サードマン現象」
その中で、この特異な現象を精神医学の専門家たちが説明を試みるにあたり、やはり側頭葉てんかんというものが登場します。確かに側頭葉にある種の刺激が加わると、自分の身体の位置感覚などにズレが生じ、いわゆる幽体離脱や臨死体験、ドッペルゲンガーなどの話と似たようなものを体験するというのは事実のようですし、側頭葉てんかんを持つ人々が何らかの視覚的な感覚を体験する時に、それは脳内の何らかの異変によって生理的に起きた個有の幻視的感覚なのだと考えるのは確かに筋が通っているようにも感じます。しかしそれだけですべてが説明されているとは、実は僕は思っていないのです。

これらの精神医学の進歩による解説は、一見、神秘体験のような特異な経験が、科学によって打ち消されつつあるように感じさせますが、僕にはむしろその逆で、様々な奇妙な神秘体験(僕個人としては神秘体験を経験したことはありません)や、それに伴って経験者の多くが語る人生を変えるほどまでに強い影響を与えることがある霊的な悟りのような感覚は、脳という高度なシステムを介して、人間が未だ確認することが出来ていない領域への感覚に、生理的に目覚めた時に起きるのではないか?などと考えています。

通常人間は聴覚・視覚・嗅覚・触覚・味覚の五感をもって生きています。もし何らかのアクシデントでそのなかのひとつ・・・例えば「聴覚」が生まれつきない・・・あるいは完全に失われてしまったとします。その人にとっては、自分を取り巻く世界は変わらずに存在しているとしても、その中の耳で聴こえる聴覚的な世界は存在していない(もちろん振動を触覚で感知し音波を捉える感覚を発達させた人はいますが)も同然です。逆に言えば、聴覚を正常に持っている人は、そうではない人が捉え得ない世界の一面を感知し、その世界の聴覚的な構成要素の存在を通常のものとして捉えていると言えます。

また、人間以外の生き物で、人間が有していない感覚を生まれつきもっており、それにより人間とは異なる仕方で世界を認識していると思われる生き物たちがいます。例えば渡り鳥は何万何千キロもの距離を、どの時期にどのルートでどこに向かって飛んで旅をすればよいのかを、何ら教育を受けたわけでなくとも自分の内に心得ており、実際にその距離を旅します。これまで鳥類学者たちにより観察されてきたように、太陽や星の位置などを感知し、その情報を利用して飛行方位を決定しているのだとしても、一度も旅をしたことのない若い鳥たちまでがその知識と感覚をなぜ持っているのか?未だ謎のままです。率直に考えれば、そのように渡りをする鳥たちは、生身の人間とは異なる世界の一面を感知しており、人間が知らない(存在を感知できない)世界の見え方を経験できているのかもしれません。それは人間が持っていない、鳥たちだけが普通のこととして持ってる生理的な機能を通して、人間が感知できない世界の一面を見ているのだと言えないでしょうか。

では、サードマン現象の説明と同じく、「側頭葉てんかん」による脳の誤作動として説明されている様々な特異な経験も、すべてを「病の症状」と捉えてしまって良いのでしょうか?僕個人の考えではありますが、そのようにすべてを脳内の異常によるものと判断し言い切ってしまうには、現代の科学からすればまだ時期尚早であるのと同時に、経験の中にはどうにもそれだけでは説明しきれないものも多くあるのではと思っています。事実、精神医学者の中にも、すべてを脳内の神経作用として捉えるべきだとする学者たちがいる中で、そうとは言い切れず、もしかしたら個人の脳内の閉鎖されたループの中だけではなく、その外で、彼らは本当に何かと接触、経験しているのではないか?と考え、引き続き真実を見極めようとしている学者も少なくないどころか、実は増えてきているとさえ言われています。

話は再びショパンにもどりますが、あの偉大な音楽家は側頭葉てんかんだった・・・。確かにそうだったのかもしれませんし、ただ単なる解釈のひとつでしかないのかもしれません。真実は誰にもわかりません。しかし間違いなく確かなことは、フレデリック・ショパンというひとりの音楽家が160年前まで確かに生きていたということ、そして彼が紡ぎ出した音の並びによって醸される絶妙な旋律は今も世界中で聴かれており、多くの人たちの心を動し、感動を与え、時には涙をさえ浮かべるほどの影響を及ぼしつづけているという事実です。それは尋常なことではなく、ある意味奇跡的なことと言えます。では、彼が見たという幻視幻影、そして入り込んでいったという空想の世界で見つめたこと・・・現代の精神医学者たちが「側頭葉てんかん」の症状であると推測するそれらの体験は、このような現実かつ奇跡的な業績に何らかの影響を与えていたのでしょうか?

そうではなかもしれないし、本当はそうなのかもしれない・・・。やはり真実は靄の中ではありますが、しかし人間がもし何らかのきっかけや訓練、またはある種の状況に置かれることにより、従来の日常では必要とされていなかった脳内のシステムが起動し、それまでは処理できなかった外からの刺激や情報や世界を感知(アクセスする・・・アクセスされる?)できるようになり、それによって人間が創り出すものの質や処理が可能となる情報の量に飛躍的な変化が起こり得ると考えれば、ショパンをはじめ、例えば変人とされなおかつ天才的な能力を示した多くの人々についての説明に、違った視点を添えるものとなるような気がします。
聖なる刻印---脳を変えるスピリチュアル体験
側頭葉で起きていることは、しばしばその人の経験に特異なものを加えることになり、神秘体験として語られることが少なくないようですが、それがその人の人生体験にどのような影響を及ぼすことが考えられるのか・・・大変興味が惹かれます。やはり最近読んだものの中に、幻覚や臨死体験などの神秘的な経験はどのようにして生まれてくるのか?それを何人もの脳神経学者と実際に行われている実験を取材して考察した本(邦訳「聖なる刻印 脳を変えるスピリチュアル体験」著バーバラ・ブラドリー・ハガティ 河出書房)がありました。その中で、神秘体験を経て人生を大きく変化させた人の側頭葉の働きには確かに特徴が見られ、それは測定可能な脳波や脳内物質の分泌となって現れ科学的に観察することができること、そういう意味で、それらの特異な体験は人間の脳に「痕跡」を残す・・・と語られていました。それらの実験に参加した特異な体験を持つ人たちの中にはやはり側頭葉てんかんと診断されている人たちも含まれていました。

彼らが自分の特異な体験の中で見聴きしている有り様は、本当にすべてを「病」と特定しても良いものなのか、先に触れた通り、僕は疑問を持っています。それはちょうど上記の書籍の中でその著者が感じていたことと同じでした。つまり、彼らの語る体験をすべて脳内の閉鎖的なループの中での体験と本当に限定してしまっても良いものなのかどうか、ということです。「聖なる刻印」の中で著者ハガティは、もし何らかの存在が在って、それが人間に何かを示そうとするなら、「脳を使うはずだ」・・・と、多数の取材を通して感じると述べています。この考え方には僕も大変興味深いものを感じます。

人類の歴史の中で、しばしば天才的な能力が誰かによって示され、それによって様々な芸術が生み出され、この世界と宇宙に対する人間の理解と見識を変えてしまうほどの細密また壮大な科学理論や技術が見出されてきました。それらはそれを成し遂げた人間ひとりひとりの大変な努力の上に築き上げられてきた記録です。しかしもしかしたら、その成果の背景には、もっと根源的なひらめき・・・それこそ幻視であったり、神秘的とさえ言えなくもない、脳と何かとの相互作用があったと考えられないでしょうか? 数々の発明を世に送り出し、人類文明に多大な貢献をした、かのエジソンはかつて「天才とは1%のひらめき(霊感)と、99%の努力である」と語ったと言われています。しかし実際にエジソンが言いたかったのは努力の重要性ではなく、1%のひろめきを得ることの大切さであって、それさえあれば無駄な努力はしなくとも良い・・・ということだったのだといいます。エジソンの側頭葉はどんな様相を示していたのでしょうね。

そういえば最近、音楽家のひとりで、コンサートで観客が思わず涙を流してしまうような作曲・演奏をずっと続けている友人と時々話します。時に彼女は精神的にとても不安定で、見ていて心配になることもあります。心療内科や精神科を受診し、脳波を調べたところ、担当の医師が顔色を変えて、その医師の恩師がいる大学病院での精密な検査を薦められたといっていました。しかしその脳波についてのデータを送った先の大学病院の教授から「この人の職業は?」と訊かれ、担当の医師が「音楽家です」と答えたところ、「ならそのままにしておきなさい」と言われ、結局より大きな検査は受けなくてもよくなったのだと言っていました。

彼女は時々不可思議な経験をしています。古代遺跡のある南米の街に旅をした際に、初めて訪れるその街から感じられるものがあまりに悲しく強烈で、その後数週間に渡って熱を出し、浮かび上がる様々なヴィジョンと言葉を曲にせずにはいられず、全部を通してストーリーを成す一連の楽曲を完成させました。そしてその曲が演奏される度に、コンサート会場で涙を流す人たちが必ずいます。もちろんこれらの出来事は、単なる体調不良、精神不安定、普通の創作活動として見ることも出来ます。しかし本当にそう言い切って良いものなのか?疑問を感じています。

僕が考えるのは、人間という生命の形について、未到達の真実というものは確かにあって、もしかしたら友人の音楽家が経験したことも、ショパンが患っていた側頭葉てんかんとされる幻覚についても、サードマン現象も、エジソンが述べた1%のひらめきについても、これから科学が何かを明らかにし、同時にそれはもしかしたら、今までは信じるか信じないかとして語られてきたいわゆるスピリチュアルというものと、明らかになれば受け入れるしかない科学知識とがともに両立し得る時代に繋がっていくのではないかと、少しワクワクしたものを感じています。

ショパンは果たして何を体験したのでしょうか?彼がこの世にいない以上、それを正確に知ることは叶いませんが、このニュースにあるように、様々な特異な体験が脳と結びつけられて語られる時に、人間とそれを取り巻く世界についての未到達の真実の存在を想起させられ、興味は尽きません。
posted by フランキン at 12:17| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月21日

日毎見つめる幾つかの異世界・・・

いつも目にしているはずの風景に、
「ん?これは・・・?」・・・と、
ふとさりげなく異世界を感じることがある。

昨日は伊豆高原に帰宅すると同時に陽が沈んだ。
夕陽の日の名残が空を紅く染めるとともに
天城の山々の影が次第に濃くなっていく。

夕陽の日の名残が空を紅く染めるとともに天城の山々の影が次第に濃くなっていく。

握りしめた指の間から放たれた砂が舞い
夕空に滲んだかのような大気の筋を見つめた。
遠い遠い木星の衛星ガニメデに立ちジュピターを見上げたような風景・・・

木星の衛星ガニメデからジュピターを見るとこんな感じかも・・・

どこかで犬が吠えてる・・・一日が終わる・・・。

日が暮れて夜が再び訪れ満月が姿を見せたのだけど、
昨夜はすぐに雲にかくれてしまった。
でも雲に穏やかに散乱して映えるような仕方で
ぼんやりとした・・・光・・・というよりも
空に明かりを灯したようなやわらかな月・・・

夜空に明かりを灯す・・・ぼんやりやわにかな満月なのでした。

海の上に雲が層をつくり、、
空と海のあいだという空間が確かに存在していて、
その空間を粒子なのか波なのか・・・
光と呼ばれるものがどこからかやって来て、
そこにあるものすべてに形を与える・・・今朝の風景

どんよりとした空の先の見えない中天から雲を透かして射してくる陽は真っ直ぐな線を成して海にとどく・・・

見えなくてもそこにあるはずの太陽が、
雲のわずかなすき間を
真っ直ぐな線を描きながら光を透過させて海にとどいた時、
水平線の彼方にはやはり地図のとおりに島々が並び、
なんらいつもと変わりのない世界がそこにある・・

見慣れた風景が
たぶん二度と繰り返されることのない
その時だけの色をまとってそこに在ることに気付く度、
そうか・・・この世界は毎日が異世界なのだと思いあたる。
 
posted by フランキン at 14:32| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Photoスケッチブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

スクーターでやってきた歌姫・・・本田みちよさんのノアノア♪

とっても良く晴れて晴れくれた1月20日(木)
フランキンのノアノアな風をうけて
とにかく目に入るモノや風景の色が
とっても綺麗に目に映る熱海と湯河原なのでした!!

そしてこの日、
ノアノアのスタジオ生放送にゲストに来てくれたのは、
美しい歌声と会って話したら誰でもリラックスできてしまう・・・
可愛くて楽しくてポップな女性アーティスト
本田みちよさんなのでした!!

歌姫 本田みちよさんが再びやってきたノアノアなのでした♪

いつもは1100CCの大型バイクに駆って街を、
海や山を巡る道を文字通り疾走するライダーでもある歌姫・・・
そんな本田みちよさんですが今回は小さなスクーターに乗って、
何やら和やかにこじんまり
R135を走ってスタジオにやってきてくれました。わーい(嬉しい顔)
そのお姿はそのままパリの街やローマの街を走ってる雰囲気が漂ってます。
カワカッコイイ・・・という感じだね。

ちょっとヨーロピアンな雰囲気でスクーターで登場した本田みちよさん♪

実は本田みちよさん・・・つい数日前まで、
冬の定番・・・
インフルエンザと闘って勝利したばかりだったのです。
なので用心してスタジオでも上着とマフラーを離さないことに・・
でもトークはいつもながら楽しくてノホホン&ホッコリ暖かくて、
そこからか醸された空気感がスタジオをほどよく和めてくれて、
フランキンとネロリも
すっかりフワフワと生放送を楽しませてもらいました。
スピーディーでハイテンションなハウスミュージックに
このノホホン&ホッコリが実に気持ちの好いキャラの女性なのです。

さて・・・2011年が明けて今年の活動はスタートしたばかり。
今年本田みちよさんが挑戦するのは、
[ Michiyo Honda Monthly Release Project 2011 ]
5日後に迫った1月26日から12ヶ月連続で毎月新曲をリリース!

アルバムという形に拘らずもっと自由に、
その時々の自分に湧き起こるものを大切にしながら、
リアルタイムに音楽を創り間髪を入れずに発表する!!
発信することに楽しさとスリルを覚えながら、
目前に現れるカーブを身体全体を反応させて走るライダーのように、
今年一年のアーティスト活動を疾走する・・・

彼女の活躍・・・1年間目が耳がはなせませんね〜

インフルもなんのその・・・スタジオはほんわか盛り上がりました。

お贈りしたナンバーは

サーチ(調べる)本田みちよ
 るんるん夢見るシャンソン人形(CM Inza House Stylke

 るんるんThe Brightest Day(Monthly Release Project 2011

 るんるんTime to Fry 宮岡ver(Monthly Release Project 2011

 るんるんTime to Fry とくさしver(Monthly Release Project 2011

1月26日リリースのThe Brightest Dayだけでなく、
なんと来月にリリースを予定しているTime to FryもOnAir!
Time to Fryはなんとツーバージョン!
ふたりのアレンジャーによってふたつのタイプのバージョンができあがり
その2つとも同時にリリース!
今回のノアノアでは、リリースに先駆けてそのツーバージョン共にOnAirしました!
ちょっとこの浮遊感はたまらないですよ〜

ノアノアでは毎月、新しい曲がリリースされる度に
Michiyo Honda Monthly Release Project 2011
応援して曲紹介させていただくつもりです!!
お楽しみに〜♪

posted by フランキン at 12:16| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲスト&アーティスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月20日

あの歌姫がやってくる! ノアノアに本田みちよさんが再び登場です!

サーチ(調べる)この番組予告記事は放送当日までトップに常駐します。
リアルタイムでの更新記事はこの記事の次からになります。


1月20日(木)は、
昨年の冬につづいて一年ぶりに
再び素敵なゲストがノアノアにやって来てくれます!
本田みちよさんが再びやってくる!!
ボーイソプラノのような透明感のあるクールなハイトーンが
エレクトロニックなバックトラックに溶け合い浮遊する。
オーガニックな存在感と
アーティフィシャルな表現スタイルが魅力の
日本には他にいないタイプの歌姫。
本田みちよさんです!
myspaceのオフィシャルページはこちら

アルバムという枠組みを越えた新たな形
[ Michiyo Honda Monthly Release Project 2011 ]
2011.1.26 から 2011.12.28 まで、毎月1曲リリース!!!
そしてその第一弾となる
新曲The Brightest Dayの発売を
2011.1.26に目前に控えている本田みちよさん。
彼女の音楽に初めて接した時の感想を
このブログにも前に書きましたが、
そこから引用すると・・・

ゆらめくように漂っていたかと思うと、
手に持っていた缶のプルトップを取り去って
それと同時にほとばしり出てきた
スカッシュのような味わい!
聴くというより体感する彼女の音楽は、
自然と身体を動かしてくれて、
実にごきげんな空間を作り出してくれます。
パーティなどでジャンジャン流しておきたくなりますよ〜


そんな感じをうけました!
湯河原をこよなく愛する本田みちよさんですが、
そのトークは実に楽しい方なのです。
さてさて、今回はどんなノアノアになるなでしょう!
生放送は1/20PM2:00スタート!!

サーチ(調べる)番組はサイマル放送(インターネット)でも生放送されます。
サイマル放送の聴き方
サイマルラジオのサイトに行く
東海 → Ciao!熱海の放送を聴くをクリック
メディアプレーヤーが起動してお聴きいただけます。

サーチ(調べる)iPhoneユーザーは愛ポンでも聴けますよ♪ ←聴き方はこちら
お楽しみに〜るんるん
posted by フランキン at 14:00| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ゲスト&アーティスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月14日

一年前から待ちつづけた「その街のこども 劇場版」全国ロードショー直前のノアノア生放送。

2011年1月13日(木)のノアノアな風をうけて
よく晴れた熱海にあるCiao!のスタジオから
今日は久しぶりにネロリとふたりだけでお届けした生放送でしたね。

さて、今日は番組の後半で、
皆さんにも是非見ていただきたい一本の映画を紹介しました。
昨年(2010)の1月17日の阪神淡路大震災の記念日の夜
NHKで放映され、それを見た多くの視聴者の心を動かし、
たくさんの再放映の要望に対してついに劇場版映画として再編集され、
今週末1月15日のに全国ロードショーされることになった
その街のこどもです。



サーチ(調べる)映画「その街のこども 劇場版」公式ホームページ
サーチ(調べる)阪神・淡路大震災15年 特集ドラマ「その街のこども」

ひとつのドラマにこんなに心が震えて共感を覚えたのは、
たぶんはじめてのことかもしれません。
1年前にはこのドラマについて、
僕はこのブログにも幾つも記事を書いていました。

神戸出身のある友人も、
その街のこどもを見てたまらない気持ちになり、
やはり何度も繰り返して見たのだそうです。
そして彼は、渡辺あやさんの脚本の素晴らしさを噛みしめつつ、
録画したビデオを見ながら言葉を書き出し、
台詞を再現したノートを僕に送ってきてくれたほどでした。
それほどまでの共感を呼び起こし、
なおかつ他の人とその感覚を共有したいという気持ちにさせる
力を持つ作品でした。

神戸の街に生まれ育ち、それぞれにあの震災の記憶を抱え、
今を生きているひと組の男女が偶然に震災の日の神戸で出会い、
夜の街をひたすら歩きつづける・・・
神戸に住んだことがある人ならば、
「あ、ここ、いつも通ってる!」というように
なじみ深い場所をふたりは歩いて行きます。

ふたりを演じるのは劇中のふたりと同じく、
神戸での震災の記憶を自身でももっている
森山未來さん、佐藤江梨子さん・・・
ふたりの個人的な体験と記憶が脚本にさらなる命を与え、
同じ時を経験した見えないたくさんの人たちの真実を含み、
それを表現しているのだ・・・
と気付きます。

ふたりを取り巻く街の風景・・・そして交わされる言葉・・・
放送の当日の朝に撮影したというドラマの大切なシーン・・・
そこにはリアリティに拘るというよりも、
嘘のない真実をそのまま切り取ったドラマにしたいという
役者さん、スタッフの皆さんの願いと真摯さを感じます。



映画ではテレビ枠の時間の関係で、
ドラマには含められなかったシーンを編入して、
さらに素晴らしいものとなっていることと思います。
是非見ていただきたい映画です。

テーマを歌う阿部芙蓉美さんの歌声にもふれずにはおれません。

聴く人の耳元を通り越して
心の奥にまるで湧き起こるかのように聴こえてくる
・・・
心の振動がそのまま内に入り込んでくるような
彼女のウィスパーヴォイス・・・
ドラマを見終えた時の余韻にたまらない気持ちになったのは、
映像の中に溶け込んだ彼女の歌の力の作用もあったのだと思います。

そんな阿部芙蓉美さんの歌うエンディングテーマは
音楽こちらから

全国で今週末からロードショー
皆様、ぜひこの作品を見逃さないでくださいね。

今回のOnAirでお贈りしたナンバーは

TOTO
 るんるんWhile My Guitar Gently Weeps

新田洋(現 森本英世)
 るんるんみなし児のバラード(1969年、『タイガーマスク』ED)

クロード・チアリ
 るんるん冬の華(1978年、映画『冬の華』テーマ)

新井英一
 るんるん雪に書く恋文(愛し切れなかった)
 (ウラジミール・ヴィソツキィ)

阿部芙蓉美
 るんるん青春と路地


当ブログ内での「その街のこども」についての記事
 
サーチ(調べる)2010年01月30日
それぞれのスピードで、いつかは辿り着くのかも…「その街のこども」再放送を見て
サーチ(調べる)2010年01月25日
もう視聴率なんていらない!
サーチ(調べる)2010年01月19日
「その街のこども」の再放送希望
サーチ(調べる)2010年01月18日
「その街のこども」…一夜明けての覚え書き
サーチ(調べる)2010年01月18日
その街のこども

posted by フランキン at 02:29| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | あの映画見た?この本読んだ? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

とりあえず・・・高いとこに登った・・・陽が沈んでいった

熱海までの往き来は苦ではなく、
むしろ往きは右手に・・・帰りは左手に・・・
その日その日で違った表情を見せる海を感じながら走る
片道およそ50分のドライブは
気分転換にはちょうど良い距離。

ラジオのために熱海のスタジオまで行って
放送を終えて伊豆高原に戻ってくると
ちょうど夕暮れが間近になるのだけど、
太陽がその日の最後の光で
空の色が刻々と紅みを帯びてくるのを見つめたくて、
通りかかった道々で
とにかく一番見晴らしのいいところへ登ってみる・・・

するとここになるんだよね。
伊東ショッピンプラザ デュオの屋上駐車場・・・

伊東ショッピングプラザ デュオからとっても明るい夕陽を

昨日の夕陽はとても明るいまま沈んでいったっけ。。。
 
posted by フランキン at 00:55| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Photoスケッチブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月07日

初めからそこに在った道・・・それを見出すことの価値と喜び〜熊野古道

2011年最初のノアノアな風をうけては、
1月6日(木)午後2時からのスタートでした。
フランキンネロリ
そしてトラベルキャスターの
津田令子さんを交え、
3人で楽しく新年はじめての生放送でした。

そして今回のノアノアのテーマは、
ちょっと時空を越えたお話・・・
ユネスコ世界遺産にも登録され、今や世界中に
そのいにしえの姿と価値が知られるようになった
熊野古道・・・

スタジオから電話をつないで
ラジオでのトークに加わっていただいたのは、
三重県にある熊野古道の
埋もれていた伊瀬ルートの発掘に尽力し、
熊野古道が世界遺産に認定されるに至るまで
多大な貢献をしてこられた、
熊野にこの人在り!の語り部、三石学氏でした。

サーチ(調べる)↓写真をクリックしていただくと拡大された鮮明な画像をご覧いただけます。雑誌「ACT4」2010年2・3月号掲載「野を愛する人たち」での三石氏
「ACT4」2010年2・3月号より 発掘作業中の三石氏

土に埋もれ、
その上に木々さえ生え茂った古の道・・・
その再見を夢見て
足の下の土に隠れた石畳を一歩一歩掘り起こした
15年という歳月・・・
周囲からの理解がすぐに得られたわけではなく、
自らの手で道を発掘していくその作業の日々は、
苦難に満ちていました。

ずっとそこに在り続け、
そして今や見いだされたかけがえのない価値あるもの・・・
古道の石畳が姿を現した時には、
思わず頬ずりさえしたくなったといいます。

三石氏のお話からは、
苦労の果てに成し遂げたことへの
達成感と喜びを感じるとともに、
自分たちが価値を創り出したのでは決してなく、
いにしえより初めからそこに在った価値を
再び見い出したにすぎない・・・
そんな謙虚さを感じます。

もしかしたら僕らのまわりにも、
いつしか僕ら自身が埋もれさせてしまってきた
本当は少しも変わらない価値あるものが
どこかに息づいているかもしれないですね。

次々に新たに創り出される価値の登場とともに、
あらゆるものが巻き上げられるように移り変わり、
そのスピードはますます速くなりつつあります。

でも・・・この熊野古道の存在が象徴するように、
初めからそこに在りつづけ、僕らがただ見い出し、
感じ取り大切にすることからこそ始まるもの

きっとあるのではないでしょうか。

話は少し逸れますが、
僕とネロリが伊豆に移り住んでから7年が経ちます。
世界的な不況の影響はこの土地の経済にも確かに及んでおり、
人々は今から先のこの土地の未来に不安を感じています。
何か新しい価値を創り出し
再び以前のような活気を取り戻さなければ・・・
確かにそうです。

でも、もしかしたら答えのうちのどれかは、
僕らが日毎に目にしているもの・・・
そしていつのまにか目に慣れてしまった事々の中に、
悠然と息づいていたり
するのかもしれません。
そのひとつが、伊豆半島という
日本列島の中でも特異な地理環境が創りあげてきた大自然の形と、
そこに育まれてきた人間たちの精神性です。

15年間にわたって
古道を掘り続けてきた三石学氏の言葉には、
為すべきことを、
もしはじめから定めて生まれてくるのだとすれば、
その為すべきことに出会い、
まさに天職の自覚を肌で感じながら日々を生きる人の
言葉の確かさ
を感じます。

降り積もる時の中にいつしか埋もれ、
人の世の移り変わりとともに消えていった道・・・

千年を超える時の流れの中に、
自らの生命の姿と向き合うため
この世に生をうけ地を往き廻った数知れない人たちが、
命そのものを注ぎ出すようにして歩いた。

熊野古道を歩いてみたい・・・

歩をすすめるにつれて目に入る風景のひとつひとつに、
僕は何を感じ、想うことだろう。

道なき山の中に道を求め・・・
はじめからそこにあった道を見いだす。
ひたすらその価値を見つめ、
歳月を投じて身を費やす人々がいた。

小さきことの日の出来事は
やがて世界にこの古道の存在を知らしめ、
大自然と生命と人間の精神性を重んじる人々の訪れ誘い、
時空を越えた自分自身の再見へとつながっていく・・・


今回のノアノア・・・
実に学びの多い生放送でした!!
ともにスタジオで仲間として加わってくれた
津田令子さん!そして、遙々熊野から想いを伝えてくれた
三石学ぶさん!!ご出演ありがとうございました!!

お贈りしたナンバーは

サーチ(調べる)清心(きよみ)
 るんるん心のふるさと

サーチ(調べる)柴田 淳
 るんるん白い世界

サーチ(調べる)矢吹紫帆&矢中鷹光
 るんるん古道を渡る風 (三石 学氏 セレクト曲)

夕方・・・自分が立った場所から1日の名残に想いをはせる・・・
夕刻・・・日が沈んだばかりの山々に目をむけた。
posted by フランキン at 14:57| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 津田令子の「旅の香り」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月04日

熱海と熊野古道を電話でつなげてみる・・・2011年最初のノアノアです。

新年です!!2011年最初の
フランキンのノアノアな風をうけては、
1月6日(木)のPM2:00から!!

新春から毎月一度、
ノアノアの中での新コーナー
旅の香り に出演してくれることになった、
トラベルキャスター、旅行ジャーナリストの
津田令子さんを交えて、ネロリ&フランキンとともに
3人でお届けします!!

今回は観光地として知られる熱海・湯河原のスタジオから、
世界遺産として知られる
熊野古道へと電話をつながせていただます。

旅人、津田令子さんの旧知の友人でもあり、
三重県にある熊野古道の
埋もれていた伊瀬ルートの発掘に尽力し、
熊野古道が世界遺産に認定されるに至るまで
多大な貢献をされてきた、
熊野にこの人在り!の語り部、三石学氏に、
お電話にて、熊野古道について語っていただきます。

観光地である熱海・湯河原から、
やはり世界に知られる歴史を伝える世界遺産
熊野古道とを結んでお届けする新春最初のノアノア!!
お楽しみに〜るんるん
posted by フランキン at 19:16| 静岡 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 津田令子の「旅の香り」 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする