2010年08月31日

伊豆の風と時がここを通りぬけていく…峠の茶屋

伊豆スカイライン天城高原から乗って熱海方面へ…
普段はあまりスカイラインを使うことがないのだけど、
この夏の間は渋滞を避けるために3回ほど走ることになった。
ここしばらくは利用区間の長さに関わらず上限二百円だしね。

緑に囲まれた緩やかなワインディングロード10分ほど走り、
冷川峠の入り口を通り過ぎると、
道の両側に迫っきていた林の樹々が少し開けて
風景に稲田が入り込んでくる。

やまぶき色の稲の穂が風に揺れる様子に和んだところに、
時が停まったままそこに佇むようにして在るのが
峠の茶屋
百年以上は経っているはずの藁葺き屋根の古民家は、
軽快なドライブのさなかにもついつい目が惹かれてしまう。

伊豆スカイライン冷川あたり・・・峠の茶屋 ついつい立ち寄ってひと休みしたくなります

木とガラスの大きな窓をすべて開け放って、
山の風がそのまま通り抜けていくような
静かな開放感があって気持ち好い。
中でひと休みしている人たちのくだけた様子も感じられて、
ここを通る度に気になって、いつか立ち寄ってみたいと思っていた。
というわけで、昨日の昼、はじめて行ってみることに…

古ぅ〜い古ぅ〜い民家風です。 けっこう古いよ〜峠の茶屋・・・いい雰囲気♪

畳敷きの広くて風通しの良い部屋は
外に広がっている田んぼの様子がよく見える。
ヨッコラショと落ち着いてみると、長年使いこなされて
角がすっかり丸くなったチャブ台がなんだか妙にしっくりくる。
風鈴がリリンと鳴るたびに、
風と一緒に伊豆の時間がここを通りぬけていく…

長年使いこなされて角がすっかり丸くなったチャブ台がなんだか妙にしっくりくる。

見回すと美味そうにそばやとろろ飯をすする家族連れが幾組みも…
スカイラインを使って多分東京方面へと帰る途中らしい。
こういうところって、地元の人たち以上に、
旅人のほうがよく知っていて、案外何度も訪れているのだろう。
こうやって途中を楽しむ感覚…いいなと思う。

風といっしょに時のゆるやかな流れが窓から入ってぬけていく・・・

さて、僕とネロリがいただいたのは、つけとろそば
そして、クヌギで育ったという肉厚の椎茸のバター焼き
おいしいぃぃぃーーー!わーい(嬉しい顔)

峠の茶屋の「つけとろそば」・・・美味いです。 クヌギで育った椎茸をバター焼きにして・・・たまりません

あたりは田んぼのほかはなんにもない…
伊豆スカイラインの途中にこんなスポットがあったなんて、
なんだかうれしい…

風が通り過ぎてくのが心地好いです。 茶屋の周りは林と田んぼばかり・・・

伊豆スカイライン天城高原から冷川峠
峠の茶屋でひと休みして、
そして亀石峠でスカイラインを離れて海を見下ろしながら
ワインディングを着陸コースを辿るようにして下り、
宇佐美の海岸通りにランディング・・・

ちょっと日常のペースを変えてみたい時・・・
たぶんこれから何度も車を走らせるだろうという予感。
どうやらお気に入りのドライブコースになりそうです。
posted by フランキン at 19:24| 静岡 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | Photoスケッチブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月28日

瑞々しくそしていつもingな感性で…みどりこさん♪

原因はわからないんだけど、
ちょっと自立神経のほうにトラブルが起きてしまい、
なかなかウェブに触れられずに時間が過ぎてしまいました。
本当はとっくにUPしたかった放送後記、まずは8月19日から!

シンガーソングライター みどりこさんがノアノアに♪

僕のブッキングミスで12日と19日と二週に渡って
東京から熱海のスタジオまできていただいたのは、
今を生きるエナジーに満ちた女性の瑞々しい感性で綴られた詩とメロディ、
そして繊細でパワーのある、
それでいてしっとりとした歌声をもつ
素敵なシンガーソングライターみどりこさんでした!

この日もとっても暑い暑い熱海の日差しだったのですが、
みどりこさんは、あの炎天下でも
まるで潤いと爽やかな緑を失わない若葉のように、
ごく自然に心地好さを振りまきながら
エフエムCiao!に現れたのでした。

小さな頃から音楽に親しみ、
そこから自分が何かを受け取るだけではなくて、
自ら音紡いで言葉に繋ぎ、曲として歌として表現することが
どうやら彼女にとってはとても自然なことだったようで、
もし生まれて来る前に、
今度の「生」ではこんなことをやってみよう…と、
何かあらかじめ決めてきたことがあるとすれば、
ピアノを弾き歌をうたいながら多くの人たちと通じながらステージに立つ
アーティストとしてのみどりこさんの姿は、
たぶん本来の在るべき姿に近いものなのではないでしょうか・・・

なので数年前にお会いしてそれから今回再会した様子からは、
人として女性として、いろんな場面を経験し感じ取りながら、
ひとつの成長するフィルターとしてそれらを透過させつつ、
みどりこさんというひとりの女性が
「今」感じているものを聴く人たちの心に届け
ごく自然に共感を呼び覚ましてくれるようなアーティストに感じられます。

彼女がテーマソングのようにして今歌っているのが、
「心のままに」という曲なんですが、
とかくいろんな「事情」やら「都合」やら他人の「思惑」などで、
自分の中にある本来のまっすぐな気持ちに
フタをしてしまったり遠慮してしまいがちな今、
すごく素直に自分の心に自分自身が応えてあげることが、
どれほど自分を健やかにしてくれる経験となり得るのか?
そんなことに改めて気づかせてくれます。

好きなものを好きといえる・・・
夢中で駆け抜ける・・・
心のままに・・・

そうしている人って、きっとすごく輝いていると思う。
みどりこさん自身が、
そんなことを体言しているひとりなのかもしれません。




さて、お贈りしたナンバーは、

サーチ(調べる)みどりこ
 
 るんるんトマトマンボ

 るんるんたまごのワルツ

 るんるん宝物

 るんるん心のままに

彼女の歌を聴いていると・・・きっと誰でも前向きな気持ちでいれる


いろいろとお話していて僕とネロリは、みどりこさんが、
文字や言葉や詩としてやりとりできる関わりだけでなく、
目で見たり触れたりして確かめられるものだけじゃなく、
直感のようにして感じ取れるものや、
偶然と思える様々なものの中に触れられる意味のある経験や
そこからの気づきというか本来に引き戻してくれるつながりというか、
何かそういうものを大切に感じている人でもあるんじゃないかな〜
とも思いました。

放送が終わってからひとしきり、
自分の誕生にかかわる数字の意味するものや、
引き寄せの法則などについても話がもりあがりました。
また次回には、そんな話でもいろいろと語り合いたいですよね^^

みどりこさん、遠いところからのノアノアご出演、
本当にありがとうございました!
また来ていただきたいです!
ラベル:みどりこ
posted by フランキン at 14:02| 静岡 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | ゲスト&アーティスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月19日

シンガーソングライター みどりこさん

サーチ(調べる)この番組予告記事は放送当日までトップに常駐します。
リアルタイムでの更新記事はこの記事の次からになります。


みどりこさんがやってくる!

8月19日(木)のノアノア…
シンガーソングライターのみどりこさんが
再びゲストに来てくれます!


みどりこさんの笑顔と歌に接すると、
たぶんみぃ〜んな元気になれる!
子供も大人もこの夏はみどりこさんの歌で
みんなで潤ってしまいましょう!

◆JAで、こどものうた『トマトマンボ』、『たまごのワルツ』が使われています♪
★FMヨコハマ;鹿児島・宮崎、NHK鹿児島・宮崎に出演♪
◆【あしたまにあ〜な】で、みどりこが紹介されました♪
◆2005/6/22・CDデビューマキシシングル「願い」発売!!
◆「願い」が鹿児島のMBCテレビ(南日本放送)
  MBCニューズナウ(ニュース番組)のエンディング曲に!
 2005年6/1(水)〜6/30(木)の1ヶ月間、エンディングテーマ(月)〜(金)18:16〜18:55
◆日テレジェニックに選ばれた、グラビアアイドルの小田あさ美ちゃんに、歌詞を提供しています♪
  HAPPY MAGIC 好評発売中♪
◆ミライアクターズプロモーションに、楽曲を提供♪

サーチ(調べる)番組はサイマル放送(インターネット)でも生放送されます。
サイマル放送の聴き方
サイマルラジオのサイトに行く
東海 → Ciao!熱海の放送を聴くをクリック
メディアプレーヤーが起動してお聴きいただけます。

サーチ(調べる)iPhoneユーザーは愛ポンでも聴けますよ♪ ←聴き方はこちら
お楽しみに〜るんるん
posted by フランキン at 14:00| 静岡 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ゲスト&アーティスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月15日

僕は戦争の風景に何を感じるのだろう?

今日は終戦記念日と呼ばれる日…
毎年のこの時期になると、
65年前の真夏のわずか数日という日々の間、
いかに当時の日本が多くの感情に揺れた日々であったのかということを
思い起こさせられます。

僕は戦争を知らない子供たちの子供のようなものだけど、
でもこういうことをしみじみ考えてしまうのは、
記憶に残るお祖母ちゃんの存在があるからかもしれません。

小さな頃の僕の毎日には、常にお祖母ちゃんがいました。
当時のたいていの家庭がそうであったように、
うちの家族の家も狭かったので、
夜やすむ時には2つの部屋にみんなでざこ寝するような感じ…
なので僕はいつもお祖母ちゃんとふたりで、
いつもその横で眠るのでした。

今でも思い出すのは、毎日すぐには眠れなかった…ということ。
寝入りばなに必ずお祖母ちゃんは昔のことを独り言のように話すのです。
関東大震災で焼け出されたこと…戦争のこと…
どれだけ怖かったか…ということ。

「また始まった…」と思うのと同時に、
自分が影も形もこの世になかった過去という時期というのがあって、
(それも不思議だったな…「当たり前」ってのは不思議なものだ)
その中でお祖母ちゃんは、テレビや本の中に見るだけで、
僕がおぼろ気にしか知らない戦争の風景を、
じかに見てきたのだな…と思ったものです。

昔ばなしが済んで、「もう寝ようね」…しばらくすると、
お祖母ちゃんはよく夢にうなされていた。
はっきりとは聴き取れない誰かの名前を呼んだり、
「おーーーい」と誰かに呼びかけていたり…
その声が怖くて、なかなか眠れない夜が幾つもありました。

当時は今とは比べ物にならないくらい不便がいっぱいあったし、
世間も豊かとは決して言えなかった…
でもお祖母ちゃんは、地震や戦争の時代が過ぎて、
その時の今がどれほど安心感があって幸せか…
「タカオちゃん、戦争は怖いんだよ、酷いんだよ…」
お祖母ちゃんは本当に戦争が嫌いなんだ…と、
子供心に強く感じたものです。

お祖母ちゃんのような記憶をもつ人たちは、
戦争で大切な人がどこかへ行ってしまうことも、
そこから帰ってこないことも…毎夜空襲に怯えてすごすことも、
食べ物を得られずにひもじい毎日を過ごすのも、
それはみんな、辛くて、酷くて、二度と経験したくない、
そしてこれから先を生きる子供たち孫たちには
絶対に経験させたくないことだったに違いない。

ところで、あの戦争が終わってその後今まで、
僕らが戦争や紛争に巻き込まれずにこれたのは、
「核の傘の下にいたからだ…」という話があり、
なのでやはり「抑止力としての核は必要」…
そんな考えが、今の世の中では「現実的」というものに当たるらしい。

なんとなく何処かに敵を作り、まだ起きてもいない争いに備えて、
いつでも受けて立てるようにしておくことが、
「現実的」で「責任有る」考え方なのだという話が、
幾つもの机上で功名心を伴って語られている…
残念だけど、人々の中でそういう考え方への熱意を増し、
恐れへのエネルギーを加えつづけていくなら、、
やがてはそれが現実となっていくような気がします。

僕の考えること、書くことは抽象論すぎる・・・
そんなことを時々言われます。
そうだな・・・と思う。
でもそれでいいと思っています。

人が抱く「考え」には強い感情が伴っていてこそ
はじめて力を持つと僕は信じています。
物事について考える時、それぞれへの固有の感情を
はっきりと意識していることのほうが
それが正しいとか間違っているとか以上に、
また必要か不必要であるかという都合以上に、
何より大切だと考えています。

65年間戦争に巻き込まれなかったのは、
核の傘や核の抑止力があったからだ…とは、
僕は必ずしも思っていません。
憲法9条のおかげとだと思っているわけでもない。
(あの条文はとても好きですけどね…だからあれは象徴だと思ってる)

戦争が終わって65年、たぶんこの長い時間の流れの中で、
あの時代の出来事に接した人たちが抱いた感情…
経験し目にした風景から感じる
戦争という情勢への強い忌避・拒否・嫌悪の感情が、
この国とここに住む大多数の人たちの心を占めていたからこそ、
火種が近隣に数多くあった冷戦の時代にも、
日本人は戦争に巻き込まれずにいれたのだと僕は本当に思っています。

あの戦争の記憶から、二度と戦争を起こさないとすること、
戦争という情勢を厭うこと、憲法9条を守ろうとすること、
そういうことって、しばしば
過去の戦争に関連して必要以上に自らを貶める「自虐史観」に基づく
「自虐感情」」の表れだなどと言われるけど、

でも、どこかの国が横暴だから…
どこかの国が成長して経済も軍事も強くなっているから…
だからそこからいつかは「攻撃される」…と前もって思い描き、
考えや行動、自分以外の人々の集団に対する
感じ方や受け取め方を左右されてしまうことのほうが
僕にはずっと「自虐的」に感じられます。

戦争をすることにも、それに備えることについても、
そうするべきとする理由をまことしやかに語る人たちが必ずいます。
人々は「もっと国防を考えるべきだ」…と言うかも知れませんが、
同胞の誰かが自主的な死の可能性を選択してくれることを
期待せずには必ずしも成り立たないかもしれないという
皮肉な意味合いを伴う「国防」という表現…
それを踏まえた上で語っているようには感じられません。

兵力や軍備を増すべきだと言う人たちの中に、
いったいどれほどの人が自ら先頭に立って銃をとり、
命を懸けるつもりでいる人がいるのでしょうか?
「自分以外の誰かが自分のために攻撃を防いでくれる」
(防いでくれるべき)
そう考えながら軍備を増強、核武装までを考えているのだとすれば、
それこそはなはだ非現実的、また無責任に感じてしまいます。



戦争は起こしちゃいけないこと…
もちろんそのはずなんだけど、でも多数の人たちが戦争の風景を実際に見、
それをじかに経験した故に抱かれてきた
戦争という情勢を忌み嫌う感情を越えて、
それを受容しなければならないとする考えが
戦争を忌み嫌う感情を凌駕してしまったら、
いずれはその情勢を仕方の無いものと人々は許容し、
結果的に引き寄せてしまうのでは…?本当にそう思う。

正しいか間違いかの問題でも、
政治や国家間の都合の問題でもない…
なんだか毎年この時期に愚痴っているような気がするけど、
やはりそれは、その風景を真っ直ぐに見つめ、
果たしてそれを自分は受け入れられるのか?
そこに立てるのか?それとも心底拒絶(忌避)したいのか?
より多くの人々がいったいどちらの感情を強くいだけるかに
かかっているのではないかと思うのです。

原爆や終戦についての話題が増える8月のこの時期、
自分の心の中では、果たしてどんな感情が自分を支えているのか…
それを確かめるにはいい機会ですね。
 
ラベル:終戦
posted by フランキン at 21:27| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月13日

ゲストの皆さんに救われたノアノアでした!

P1060019.jpg

別記事に書きましたが、
12日のノアノアはハプニングの連続でした〜
ゲストに来ていただいたDONYAさん!アルマジロさん!
そしてタイプミスのメールで
一週速く呼び出してしまったみどりこさん!
そしてリスナー&ゲストの皆さんのファンの方々!
そしてピンチヒッターで番組のオープニング進行を努めてくれた
パーソナリティのクボっち
本当にゴメンナサイ!
そして、何よりもアリガトウ!

ハプニングの連続で一時はどうなることやらでしたが、
皆さんのおかげで不幸中の幸いのほうがトラブルを凌駕して、
かえってすごくワクワク揺れるハートとした
楽しくて思い出深いノアノアとなったような気がします。

さて、DONYAさんとアルマジロさんです!
7月25日に無事に、というかものすごくエネルギッシュに
各地から、そして
新旧にかかわりなく天城にアーティストたちが集った、
伊豆ォークソングフェスティバルを振り返って、
あの時の貴重な時間についてたくさん語っていただきました。
フォークソングフェスティバル伊豆

僕のミスで一週速くお呼びしてしまったみどりこさんも加わっていただき、
それはそれはニコヤカナゴヤカに音楽のこと、
フェスティバルのこと、たくさんもりあがりました。

やっぱり歌はいいなぁ〜音楽は宝だなぁ〜
そしてそんな音楽やそれによって結びついた
聴く人、演奏する人・・・
本当にすばらしいなぁ〜と想いました。

DONYAさんの弾き語りとハープ、そしてアルマジロさんの絶妙なマンドリンオブリガードで、
幻の名曲、「オホーツクの舟歌」をスタジオライブ!
オホーツクの舟歌…ライヴ!

ネロリは目を瞑ってウットリ…
本当に沁みる歌を聞かせていただきました。
なんだかハプニングがあったわりには、
すっごく得した気分になってしまって、
多分外から見ると、
おいおいフランキン、反省がたりないぞ〜って言われそう!
ハプニングにはじまって楽しく盛り上がったノアノアでした♪

でも、ゲストの皆さんりお人柄と、
音楽への熱くそしてワクワクした気持ちに溢れたトークに、
僕もネロリもすっかり助けられたノアノアだったのでした!

さて、一週早くノアノアに呼びつけてしまった形になった
みどりこさん…
来週19日のノアノアに、もう一度きていただくことになりました。
ご好意に感謝!ありがとう!

来週は彼女の歌も、たくさんおとどけしたいなぁ〜
明日の午前中、みどりこさんゲストの番組予告をこのブログに改めて出します!


posted by フランキン at 23:23| 静岡 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ゲスト&アーティスト | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

心を込めて書きます…顛末書〜ハイ^^

昨日12日はなんだかすべてが連鎖的にトラブルして、
ほとんどすべてが裏目に出るという
ふらふらなんとも記念すべき日でした。

先ずはエフエムCiao!での午後の生放送のノアノア
修善寺からゲストがふたり来てくれたのだけれど、
車の渋滞があまりに激しく、時間が経過するにつれものすごい危機感!
ゲストにしばらくお待ちください…と言うと、そのゲストのアーティストから、
もうおひとりみえてますよ・・・
えっ!?

な、なんと!exclamation&question
メールのやりとりの中でタイプミスを僕がしていたらしく、
翌週19日の予定の東京からのゲストアーティストが、
この日に来てくれてもうスタジオに到着していたらしい!
痛恨のダブルブッキングミス!
サァーーーっがく〜(落胆した顔)と血の気が退いて、
延々とつづく大渋滞の中、動かなくなった車の流れの中で、
前の車のバンパーあたりを意味もなく目がさまよう…もうやだ〜(悲しい顔)(大汗)

状況をそれぞれ3人に説明してお詫びして、
なんとか3人同時に出演していただくことになり一件落着・・・
と、思いきや、渋滞がいっこうに解消しない!
ゲストが3人も来てくれているのに
ホスト役の自分がそこに間に合わない!
本番25前をきってまだ数キロの渋滞が
目の前にじっと延びたままのいつもの国道で、
万事休すと追い詰められた僕は、
最後の手段に打って出たのでした。(←ちとおおげさか…^^)

僕の後の番組担当の女性パーソナリティに
急遽生放送のオープニング担当をお願い!

かくして僕とネロリは、
自分の番組のスタートを局から遠く離れた国道に停滞する
車の流れの中で聴くというなんともマヌケで
信じられない失態を演じてしまったのです!

しかし始まってみると、
ゲストの皆さんはすでにお互い意気投合していて、
ピンチヒッターのクボっちの進行もなかなかよくて、
僕らがいなくてもけっこういい雰囲気で始まってるじゃないですか!(笑)

番組スタートし遅れること数分・・・
なんとかスタジオに到着して、
僕とネロリが自分の番組に乱入!という形でOn-Airに追いつき、
なんだか妙にいつもとちがったワクワク感を帯びて
楽しくその後の一時間が過ぎていったのでした!

あっちゃいけない大失態ですが、
それがなかったら経験できないはずの
大変思いで深い番組となったのでありました!

同じことは二度とやらない(はず…^^)だけど、
顛末書の提出と引き換えてもできない、
貴重な経験となったのでありました〜♪(反省してますよ…ハイ)

て、わけで…
来週までに顛末書を心を込めて書き上げます。。。ペコリ
(普通だったら放送事故で番組降板というか、終了だろ!汗・・・)
posted by フランキン at 22:33| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ノアノアな風を受けて | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月10日

ビーチレッドに流れたあの歌の風景

ビーチレッド戦記(67年) コーネル・ワイルド監督 主演


わたしの彼は 戦いに行った
やがて海の彼方から 
わたしのもとに届いた 一通の手紙



私は 滾る憎悪をもって 敵と向かい合った
私たちは共に この島を手に入れるために来た
そして向かい合った 
暗いジャングルの中 国の違うふたりが 
ある日 ビーチレッドで 私と敵と…

敵は 私と同じように若かった
私たちは殺し合い そして 彼が先に死んだ
青い空の下 私と同じような 血を流しながら
ある日 ビーチレッドで 私の敵が…

今や憎悪は消え去り 私の心は痛む
なぜ殺しあわねばならないのか…



わたしの彼は ついにわたしのもとへ帰ってきた
魂を 海のむこうにおいて
昔の彼は もどらない…


〔吹き替え版の記憶より 声 納谷悟郎 小原乃梨子〕


映画館という経験が何しろはじめてだったはず…まだ学校にも行っていなかった小さな頃、両親が映画を見に行くのに、たぶん父母に抱かれながら、見に行ったというよりも連れて行ってもらったのがこの作品。ビーチレッド戦記(Beach Red)

8月のこの時期、ふとこの映画のことを思い出していたら、なんと今週、WOWOWで放送していたみたいで、この記事を書いているこの瞬間にもやっているらしい。ちょっとびっくりした。(WOWOWは我が家では見れないけど…)

僕が見たことのある戦争を描いた作品の中で、この映画は特別な位置を占めている。映画の表現技術の進歩と共に、最近の作品とじかに比べてしまえば見劣りは否めないものの、しかしそこに描写・表現しようとしているものの真実味は、数ある戦争を扱った映画作品の中でも群を抜いている。

南の島のジャングルで対峙する米兵と日本兵…米海兵隊の上陸…海岸線での激しい戦闘…そしてジャングル戦…。近年の「プライベートライアン」のオープニングと同様に…と言っても過言ではないほどの熾烈さを極めた上陸描写…。(事実、プライベートライアンでの上陸用舟艇の中の兵士の心理や、海岸線での攻防を、激しさと怯えを帯びた兵士の視点から描いたスピルバーグは、絶対にこの「ビーチレッド戦記」の幾つかのシーンにインスパイアされていると確信する)。しかし戦闘描写が斬新であったということ以上に、これだけ戦争への嫌忌を誘うものであるにも関わらず、制作されたのが67年というベトナム戦争がまだまだこれからでもあったはずの時期であること、そして他の多くのアメリカ映画の中でも、戦争を片側からではなく日米両側の兵士の視点から表現しようとする試みが、当時としては極めて珍しい作品であるといえると思う。

映画は戦闘のさなかでの、日米の兵士ひとりひとりの心の内側と、彼らが戦場でも内に秘めて持つ暖かな家庭の思い出などのモノローグを交差させながら、見ている者が殺し合うことへの矛盾と哀しみを心の中に自然と芽生えさせることに成功している。

僕はこの映画を両親につれられて映画館に入った(見に行ったとはとても言えない…笑)時には殆ど理解できなかった。ただ、砲火によって腕を吹き飛ばされた米兵が銃火の中に呆然と立ちすくむ姿や、火炎放射器によってトーチカから焼きだされる日本兵、互いに負傷し動けなくなった日米の兵士の間で水とタバコを交換しようとするシーンなどが強烈に子供心に印象を残していた。そして実はそれからずっと後になって、ある夏休みの昼間にテレビで放送されたこの作品を見てはじめてきちんと通して見たことになる。

中でもこの映画が見る者の心に残す風景というのは、映画の冒頭にながれる、戦場に行った兵士の帰りを待つ妻と彼女のもとにとどいた夫からの手紙のストーリーをつづったジーン・ウォーレスの歌が醸すものに負うところが大きい。テレビではもちろん吹き替え板であったわけだが、この映画の大切な要素でもあるこの歌とともに、吹き替え版では流れる歌を背景に歌詞の一部が翻訳され、それを映画の中でも実生活の中でも夫婦であったコーネル・ワイルドとジーン・ウーォレスの心の声として、納谷悟郎小原乃梨子が語りを入れ、その響きに小さかった僕も心を詰らせてしまったのを憶えている。正確とは言えないけれども、今でもその時のふたりの語りを空で言えるというのは、当時の僕は相当にこの映画の言わんとするところに心を動かされたのだろうと思う。この記事に貼り付けたそのジーン・ウォーレスの歌の後に書き込んだ歌詞は、その時の記憶に残る納谷悟郎さんと小原乃梨子さんの語りを思い出したものだ。
 
posted by フランキン at 22:47| 静岡 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | あの映画見た?この本読んだ? | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月04日

いつも目にしていながら見つめたことがない…NASAがとらえてくれた素顔


小さな頃、板ガラスを火で炙ってススを付けただけの、
手製のサングラスを作って太陽の輪郭だけでも見ようとしたっけ。
(今はそれも眼に悪いということでしちゃいけないらしいけど)

太陽ってこんな顔をしているんだ…
ずっと見てきたはずなのに、一度も見つめたことがない…
太陽ってそういうものだ。

頭上に見上げる太陽から今日も降り注ぐ光りは、
およそ8分ほど前に放たれ、1億5千万キロメートルという
気の遠くなるような距離を駆け抜けて今届いたもの。

その光りの豊かさと熱を受けて、
今日も海と空は青く、木々の葉は緑に輝き、
鳥とセミが鳴き、大気の中に温度差が生じて風が吹く・・・

あまりに絶対的に強力なエネルギーの源なだけに、
近すぎず遠すぎず適度な距離のところに生きていられることを
時々思い起こすとありがたく感じますね。

そういえば太陽からの光りを「帆」に受けて、
宇宙空間を航行できるという宇宙ヨット「イカロス」が
帆を広げ、方向転換や姿勢制御に成功したというニュースが、
ここのところ次々と入ってきています。

風の様子を見て帆を掲げて船出するヨットと同じく、
「今日は太陽のフレアの具合がいいな…」などと言って、
宇宙にヨットで繰り出すそんな日も、
いずれはやって来るのでしょうか。。。
posted by フランキン at 12:10| 静岡 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月03日

夜と昼を司るもの

夜と昼・・・
それぞれをまるで司るようにして輝く空の光源が、
どちらも唯ひとつずつ…というのは、
なんとも落ち着きがあっていい…
当たり前のことだけどね。

昨夜はエッジがとてもしっかりとした半月が夜空に浮かび、
車のヘッドライトとはまた違った、
透明感のあるしばしば銀色といい表される月光が路を照らした。
写真は半月には見えないけど・・・(汗)

R135を走りながら月光を受けた海に目を向ける

国道の標高が高くなるにつれ、
サイドシート側の窓には次第に海が広く遠くまで見えはじめ
注がれる月の光りを反射して
海そのものが月の表面のように感じられる。

夜が明けて太陽が中天にかかると、
地表から蒸発した湿気をたっぷり蓄えたまま
それでも落ちては来ないモクモクとした雲を
容赦なく射すくめる太陽が昼を支配する。

陽の光りが世界を支配しているのだよ。

人間の都合や思惑なんて本当に取るに足りない・・・
ただ寛大な恵みを受けながら、
寒がったり汗をかいたり、右往左往したり…
夜だって昼だって、
人間がこの星で主人だったことなんて一度もない。

posted by フランキン at 20:25| 静岡 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | Photoスケッチブック | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする